私だけのヒーロー

寄鍋一人

悪の幹部の最後の恋

 なんとなく人とは違うことがしたくなって、大学を出てすぐのころ、世間では秘密結社、悪の組織と呼ばれているこの組織に入ってきた。秘密裏にこそこそとやっている自分がカッコイイと思っていた。若気の至りというやつ。


 組織にはもちろん平和を守ろうとするヒーローたちが何度かやってきて、彼らとやり合ってきた過去もある。返り討ちにしては昇進を重ね、私は幹部の地位まで登りつめていた。


 だがふと我に返ると、私には何も残っていないことに気がついた。組織での生活にももう飽きが来ていたし、若気の至りなんかとっくに枯れている。惰性で組織に残ってるだけ。


 もし組織が解体でもしたら、私の居場所はどこにもない。


 悪の組織の幹部である前に、私は女なのだ。恋の一つや二つくらいしてもいいじゃないか。新しい居場所を探したっていいじゃないか。


 私は恋を探しに夜の街へと繰り出した。




「お客さん、寝られたら困るよ」


 ……っ……、頭痛い……。


「警察か救急車か呼んだほうがいい?」


 誰か喋ってる……。うるさい……。


「すいません、知り合いなので連れて帰ります」


 高い声……、女の子……?


 その声の主かは分からないが、体を持ち上げられる感覚を最後に私の意識は途絶えた。




 知らない天井。


 昨日の記憶が曖昧だ。たぶん誰かに連れてかれて、その誰かの家にいるのだろうことだけは思い出せる。


「あ、お姉さん起きました? はい、お水です」


「あ、ありがとう」


 持ってきたのは、私の手で腕でも折れそうなほど華奢な。


「お姉さん、昨日酔っ払って寝ちゃって、家も分からなかったから僕の家に連れてきちゃった」


 男の子だった。


「ごめんなさいね、迷惑をかけてしまって。何かお礼でもできればいいのだけど」


「あ、じゃあさ」


 言いながら私が寝かせてもらっていたベッドにポンと手をつき、


「お姉さんの連絡先教えてよ」


 鼻が触れそうな距離までグイと顔を近づけてくる。近くで見たら肌も綺麗だし、女の子と間違われてもおかしくないほど可愛い顔をしている。


 私の体に電流が走ったみたいな衝撃があった。今まで受けてきたどのヒーローの技よりも強い衝撃。


「い、いいけど……」


 社会の闇を知らなそうな穢れのない眼差しに見つめられ、おずおずと携帯を取り出して連絡先を交換して別れた。




 あの子にどうにかしてお礼をしたいが、いざ連絡を取ろうとすると緊張しちゃうし、この頃何やら組織内が騒がしい。


 というのも、均衡状態にあったこの組織とヒーローたちとの戦いに終止符を打つため、全面戦争を仕掛けるらしい。


 私も一応幹部だから情報は全部入ってくるけど、あの子のことばかりを考えてしまう。


「そりゃ恋だろ。悪事一筋だったお前にもようやく春か」


 別の幹部がそんなことを言ってた気がする。


 そっか、これが恋なのね。こんな気持ちいつぶりかしら。


 そして全面戦争が始まる。私の心は上の空で、戦いにも身が入らない。


 それが原因かどうかはもうどうでもいいけれど、とにかく私たちの組織はヒーローたちの新必殺技に返り討ちにあい、壊滅状態になった。ボスや他の幹部も消息不明。


 気づいたら私の正体を隠すマスクも壊れて、顔が開放的。組織ももう元に戻れなさそうで、気持ちも晴れ晴れしてる。あとはあの子に会うことができれば……。


 仰向けで天を仰ぐ私の元に近づく足音が一つ。


 ふふ……。結局私には何もないまま、最後の恋も実らずに逝くのね……。


 諦め、瞼を閉じる。


「死んじゃダメだよ、お姉さん。まだお礼してもらってないのに」


「……?」


 聞こえてきたのは、どこかで聞いた覚えのある高い声で今一番聞きたかった声。


「あなた、そんな可愛い顔して、ヒーローなんかやってたの……?」


「お姉さんこそ、なんでそんな美人なのに悪の組織なんてやってるのさ」


 華奢な腕に持ち上げられる感覚を最後に意識は途絶え、目が覚めると見たことのある天井だった。


「あ、お姉さん起きました? はい、お水です」


「あ、ありがとう」


 彼がくれた二回目の水は少し甘い気がした。

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