風にこの由を聞きて 13

 経清がそうして十歩ばかり妻の下へ距離を縮めた時、また新たな訪問者が何とも荒々しい勢いで大門に馬を乗り入れたのである。反射的に新参の一団を見遣った経清は、見た顔だと思い、だが誰かは思いつかぬうち、門衛が答えをくれた。

「錠屋さま!」

 婚儀の席だ。闇衛の一支族・錠屋富忠。彼は風斗の舅にあたる。

 五人の郎党を連れた壮年の男はむっつりと唇を結んで、いかにも不機嫌な様子だ。風斗の直系男子をその間に産んでいる正室の父である。衣川館での権威はさぞと思えるが、子を為したとはいえ、婚礼の晩ただ一夜のことで後はまったくかえりみられていない、というのは多賀城にまで公然と知れ渡っていることだ。しかも風斗に近かったものほど、風斗を篭もらせた原因は彼女にある、と思っている節がある。風斗の意を無視して婚姻を進めた彼らが、彼らの選んだ彼女が風斗の心を掴めなかったからだ、というのは責任転嫁もいいところだ、と部外者である経清は思う。だが、結果として風斗を喪っている彼らの傷みの矛先が彼女にいささかきつめに向いているのは事実だった。

 そんな訳で風斗の舅となっても、特権的な訳もなく、むしろ肩身も狭いのか、婚姻前の精力的な来訪が幻のように足が遠のいている、というのが有夏の冷ややかな情報だが、それがなにを血相を変えて駆け込んできたのか。

 つい長々と視線を向けていたから、肩を怒らせて行き過ぎようとしていた富忠がさすがに気づいて足を止めた。

「――これは・・・亘理どの。」

 経清の姓は藤原だが、国府に藤原は両手で余るほどいるから、所領の地名で呼ばれるのが慣例だ。

「またお迎えですかな。ご苦労様なことで・・・全く、しっかり嫁御の手綱を握っておいていただきたいものですな。」

 殆ど面識が無いに等しい相手の険のある物言いだから、非礼を怒るより呆気にとられた経清だが、

「・・・有夏が何か?」

と、男の憤りの先を正しく理解した。

「また、やって下さったのだ。しかも今度は見事に誑かして下さった!」

 経清は思い切り疑問符を面に貼り付けた。誑かす、とは穏やかでない。首を傾けたのを見取って、

「・・・あぁ、亘理どのが娶られる以前でしたな。ご兄妹方が謀って、恐れ多くも風織姫の名を騙らせた女に風斗を篭絡させ、お心を取り戻そうとされましな。これは一瞥も無く失敗したものの、ほとぼりがさめたと思ったのか、復た企まれ、しかも今の度は情けなくも風斗は誑かされ、風織姫を名乗る娘に、ひたかみ中から衣や財をかき集めて与えているという・・・!」

「・・・さ、いや、風織姫が――つまり、・・・透けたあれじゃなく、生身で現れたと?」

 快活に笑う、だが人の風情とかけ離れた往時の少女の姿を思い出し、それが当たり前の質感を持った様を想像しようとしたが、ぴんとこなくて首を捻る。

「今更! しかも有夏どのが出会われてお連れしたとか。そんな出来すぎた話があると思われますかな?」

 あたりをはばからぬ、というか、あたりに聞かせたいのだろう大声に、周囲の動きは止まってこちらを窺っている。

「風織姫を想われて、風斗が多少鬱々とされるのはやもう得ないことかと思っておりました。しかし、風斗が風織姫を忘れられてというのならばともかく、どこの馬の骨ともわからぬ娘が風織姫などと騙って大きな顔をするなど、風織姫に対する冒涜ではありますまいか。恐れながら舅として一言意見を申し上げるべきと参上仕った。」

 正義は我にありとばかりにまくし立てる富忠に、はあ、と曖昧に返した経清は胸内では「舅ねぇ」と面には出ない冷ややかさで呟いている。

 いまさらちちおや顔するのなら、何故しないのだ。己が決めて嫁がせた娘が、この御館でのどれほど微妙な立場なのか、多賀城のじぶん間が知るくらいだというのに、文句の一つもつけなかったのは、男の保身だということは明らかだ。娘はただ一人の世継の御子を既にもうけている。風斗はまったく関心を示さないが、積極的に彼女を排除したり、別の女を近づけることもない。ならば下手に対立して決定的な決裂を言い渡されるより、沈黙して現在の立場を守った方が良いと、人身御供よろしく、娘の心細さにもとりあわず。それが出張ってきたのは、あらたな寵姫が現れたことで、唯一の世継の御子の祖父という自分の立場が侵される可能性を計算したからだ。

 それが経清の穿った感想でないのは、観衆のどこかしらっとした顔つきからも確かだった。

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