風にこの由を聞きて 11
「・・・頷いたわよ、確かに。そう言われて断るのもなんでしょう?」
「・・・まあ、らしいというか。」
女二人、そのまま絶句して溜息を重ねた。
侍女達の手で、綺麗に片付けられてはいたが、あたり中を占める真新しい調度を、早桜は身の置き場に困る顔で見渡している。
「ま、まあ・・・館を造ると言い出さないだけ。」
「それは真っ先に断ってる。」
慰めにもならない。そこへ御茶を運んできた侍女が、また別の商家の使いがまた衣装をいくつか納めに来たと告げた。
「衣川中の商家に発注したに違いないわね。」
有夏は冗談めかしては言ったものの、
「笑えない。」
というか、間違いない。
「身一つな訳だし、有夏のものを何から何まで拝借している訳だし、揃えてもらえるのは助かる。けど装束なんてとりあえずはふた揃い、せいぜい三つもあれば事足りるし、道具は用意してもらっていた、
絶対に無駄遣い、と断固と言う神姫は、あいかわらずの人間くささだと有夏は苦笑する。神さまの世界でも買い物とか財政とかあるのだろうか。
「注文してしまったものは仕方ないわよ。城下の景気に貢献したと思って。ま、この程度で傾くような闇衛ではないから。風斗兄者につきあってあげてよ。」
「有難うは言うけど・・・でも、困る。」
明日――いや、一息さきには、はじまり同様唐突に消え失せるかもしれない。なのに、こんな好意は気が重い、という早桜の気持ちも分かるし、兄の、自分が贈ったものに囲まれている彼女を見ると、彼女がこの世界のものになっていくような錯覚も分かる。だから、有夏はひとつ軽く肩を竦めて、新着の衣装を見に行こうと誘った。
「・・・有夏、ひとつ持っていかない? いろいろ貸してもらったし、良ければ。」
「ん? 気にしなくていいんだから。私はもう着ないわけだし、使ってもらえればそれこそ無駄にならないし。」
有夏が譲ってくれた衣装は嫁ぐ前、十代半ばの衣装だから若々しい色目が中心だが、現在だって十二分に似つかわしいのだから、気を使っていると一瞬思ったのだが、再会して以降、彼女の装いがずっと大和風であることに改めて思い至る。どうして、という顔に気づいて、有夏は小さく笑って答えた。
「大和に嫁いだのだから、けじめと覚悟はみせなくっちゃね。どんな衣を纏おうが、私の
「・・・結婚したのよね、有夏は。」
「そうよ、一年半になるかしら。」
「私と会ったとき、旦那様のもとに戻るところだったのでしょう?」
戻らなくてもいいの? と気遣わしげな言葉と裏腹の、心細げな、行かないでほしいと縋るような目に、守ってやらねばというような、姉のような(母とはいいたくない)気持ちが沸き起こるのに、有夏は少し複雑な思いに陥る。
最初は、大人の女のひと、だった彼女を。
「うーん・・・たぶん、そろそろ迎えにいらっしゃるだろうけど。」
「そっか。大事にされているんだ、有夏。」
大和に嫁いだと聞いて、政略だろうと、どんな相手なのか気にしていた早桜は、わざわざ妻を迎えにやってくると聞いて、単純にうまくいっていると思ったのだが、
「人質が実家に居たら意味がないでしょ。国府の目もあるし、監視不行届きと思われてはたまらないもの。」
と、返され、続ける言葉をしばし失った。
「えーと、あの、有夏?」
「ん?」
「・・・嫌いなの?」
「気に入っているわよ。ちゃあんと。――お互いにね。でも、殿は大和の部将だし、私は闇衛の女なの。だから、いろいろ・・・駆け引きがあるわけよ。建前上は人質ではないから、私は理由をつけて
装束を畳みながら、有夏はそれは楽しそうに笑うのだ。
「旅の埃も、鷹里兄者の青筋もぜんぜん気にならないくらい献身的に、私は殿が気に入っているのよ?」
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