いざよひ断章 2
覚悟はしていた。
――筈だった。
みっともない、と有夏は唇を噛む。汗ばんだ掌を衣に滑らせ拭った。
「――有ツ夏ッ。」
「・・・なによ。」
追いかけてきた怒声に近い声に足を止める。
「お前ッ、朝には納得したようなコトを言っておいてッ。」
「してるわよ。」
「じゃあ、なんた!? それはッ。」
宗任――鷹里と有夏は最も年齢の近い兄妹同士だ。言葉のやりとりにも遠慮がない。
「ちょっとした・・・イライラよ。」
「あのな、」
「いいじゃない。」
開き直って有夏は顎を反らした。
「どうせ
たかが衣一枚ではない。日高見の民として生きてきた自分の一部だ。
「――有夏、」
「大丈夫、宴には着替えてでるわ。そして、ちゃんと指名するから。」
お道化た風に笑って、有夏は再た歩き出す。
彼らを――見極めねばならない。
現国司の腹心ともいえる部将たちだ。たからこそ妻という名の牽制の材料を、逆から言えばひたかみの目を傍近くに置くことを受け入れる。大和を一義とする彼らの中で、だれが一番マシか。自分をひたかみへの盾にさせず、ひたかみの盾と為すために使えるのは――有夏は苦いものを噛殺す。嫁ぐ、というのは本当はもっと甘やかなものなのだろう。刹那、ある面影が浮かんで、苦さは苦しさに変わる。傍らにあるだけ、眼差し一つで蕩けそうな顔をして・・・それが有夏が知っていた恋だった。ひたかみの為と、その恋を引き裂く片棒を担いだ自分が、今更恋を希えるはずはない。
前国司藤原登任の
永衡は日高見の女に骨抜きにつれて裏切ったのだと、大和人たちは罵る。確かに姉夫婦は睦まじいが、義兄はそれだけの人ではない。義兄は“ひたかみ”と、いつの間にか自然に、この天地を呼ぶようになっていた――大和が名づけようとする、奥六郡でも、陸奥でもなく。そのことを闇衛の者は分かっている。彼は大和の裏切り者ではなく、ひたかみの魂を宿した者と。
喪われた五百人、と言う者もある。二百五十年前、当時の闇衛の御館・瑠依の随従として大和の京に赴き、大和の奸計で瑠依が処刑された後、ひたかみに戻ることなく、行方を絶った彼らの一人の魂が還ってきた・・・・と。
数年前、魂となってなお長く京に囚われていた彼らを、風斗が解き放ったが、その数は五百に満たなかったという。
こういう形で還って来る者もいるのかもしれない。真偽を確かめる術はないが、喪われた者を想う切ない祈りだ。
――そう言われるようなひとを、と希うのを贅沢だと知っている。
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