夢六夜 早桜


 「何故、おまえは俺の前に現れるんだ?」

 ぴりぴりするような沈黙の果ての言葉に、早桜は大きく目を見開いた。

 そんなことは、聞かれても困る。というより、聞きたいのは自分の方だ。

 眼の端に、ひたかみ河の水面にきらきらと弾かれる光が踊るが、風斗の研いだばかりの刀身のような瞳は視線を外すことを許さない。

「――俺は、」

 一瞬、息をつめて、

「お前が欲しい。なによりもだれよりも、おまえがいとおしい……俺の風織姫」

 顔を傾け、唇を寄せる。そこにはぬくもりも感触もない。早桜は、目を見開いたまま、至近距離の男の睫を見ていた。

「俺と生きてくれ、早桜。」

 ――これは、もしかして求婚という展開なのでは……早桜は茫然と、白くなった頭の隅で思う。

「……あの、空里?」

「降りてきてくれ。この世界に。俺の傍に、」

 瞳がせつなく揺れる。胸が、甘く――痛い。

「――無理、だよ。」

 これは《夢》なのに?

「できるわけないよ、」

「なぜ!? いや……俺と、限りある時を生きるのは嫌か?」

「そうじゃ、なくて……。」

 ここは《夢》だ。

 自分の。

「だったら、早桜・・・ッ。」

「分から、ないもの。そんなのッ。」

 なんで、こんなに悲鳴のような声で――《夢》でしかないのに、なぜこんなに胸が痛い。

「だって、……これは《夢》だものッ」

 このひとも、この優しい風景も、すべては目覚めたら消えて、二度と甦らない《夢》だ。

「……《夢》、か。なるほど、結局、俺のひとりよがりだったというわけだ。」

 苦く風斗が呟く声にはっとする。

「神姫さまには、俺たちの世界なんて一炊の夢のごときものか。」

 冷ややかに唇をつりあげて笑う。

「俺は……俺たちはいい暇つぶしでしたか?」

「……空里、」

 なんでそんなことを言う!? 

 ――なんで、こんなに傷つかなくてはいけない!?

 《夢》のひとのことばに。

「――現在までのお導き感謝します。風織姫。」

 木々の枝が、緑が、四方に向けて風にそよぐ。

「ただ、今後のおつとめのために忠告させていたたければ、あくまで神姫として振舞っていただきたいな。でないと、勘違いする馬鹿な男があとを立たぬ。」

「……空里、」

 皮肉と自嘲と、哀しみと憎しみと恨みと愛しさと、千々に乱れた心がみえる。

「……もっとも? それがおもしろくていらっしゃるのかも知れないが?」

「ちが……っ」

 無茶苦茶を言っているのは、風斗の方だ。

 どうして、叶うはずのないことを、望めないことを願って、ぜんぷを壊そうとするのだろう?

「……らい。」

 ぷわり、と視界が滲んだ。

 ――早く醒めて欲しかった。

 こんな言葉は言いたくない。

「空里なんて、きらいっ。知らないッ」


 

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