第12話 偶然と言ってしまえば必然もまた偶然-⑪

 目の前に頭を下げる戸梶がいる。


「紹介してくれっ!!」


 悟の家のリビングで会い向かうように座った四人。


「えっと……つまり、カジの言ってた好きな女性って」

「………ああ」


 本人を前に紹介してほしいという珍しい状況の中、悟はちらりと結花を一瞥すると……静かに首を横に振った。


 どこか不安そうに悟を見る結花。その隣からは、品定めをするような視線を向ける凛華。

 悟は頷き、そして笑みを浮かべる。


「ああ、分かった。───とりあえず、今度みんなでどこか飯でも行くか」

「おおぉぉっ! ありがとう友よっ!」

「「…………」」


 天使でも見るように悟を見る戸梶とは別に、まるで子供でも見るような凛華と、ハイライトが消えた結花。

 悟だけが何かを考えているようだった。


 ◇◆◇◆◇


 そして二週間後の土曜日の朝───7月頭とはいえ、朝は涼しいものだ。

 始発の電車に乗り込んだ悟は窓を開け放つと、その風を目一杯に浴びていた。


 座っている席の両隣には古びたボストンバッグが一つ。中には着替えや水着など様々な物が入れられている。

 待ち合わせ場所はいつも仕事で使っている私鉄の最終駅。そこで合流予定だ。


 目的の駅までついて自動改札機を抜けた先、大きめのリュックを背負っている人影を見つけてそちらへと向かう。


「おーい」


 その悟の声に馴染みのある背格好の男は振り向き、白い歯を悟へと向けた。


「お~やっと来たか」

「お、おう……」


 思わず悟の足が止まる。

 外見だけで言えばチャラそうだけど爽やかみたいな感じの戸梶なのだが、今は傍目から見てもヘアワックスでギトギトなオールバック。

 今日の戸梶は気合の入り方が違いすぎて、悟はそれを受け止める為に多少時間が必要だった。


「来て早々わりー。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「おっけー」


 トイレで落ち着きを取り戻した悟がこれからの出来事に不安を抱きながらも戸梶のもとへと向かう───しかしその足は、再び目の前の光景に進むのを止めた。


「悟様、お待ちしていました」

「………これで行くの?」

「はい、私も少し仰々しいかと思いましたが、家族が心配してしまいまして………」


 いつも通りの和服姿で駆けよってきた結花が頭を下げながら言い、悟はもう一度目の前の現実に目を向ける。

 黒塗りの車が駅のロータリーを支配し、まだ朝だから涼しいとはいえ黒いスーツに黒いサングラスを付けた女性がずらりと。その中には見たことのある人物がちらほらと。もちろん紫はその陣頭指揮を取っているようだった。

 この光景を少しと表現した結花の感覚にも驚かされてしまうのだが。


「すいません、少し遅くなりました」


 今度は後ろから声が聞こえてきて、その声に振り向いた悟。


 すると今度は声が詰まる。

 そこから自分の顔が熱くなっているのに気付くまで、そう時間はかからなかった。


「どうしました? もしかして……美海に見惚れてます?」


 見ているだけで夏を感じさせてしまう露出の多い服装に身を包んでいる美海に、悟はなぜか喉が鳴る。

 肩から覗く白い肌が原因なのか、そよ風だけで見えてしまいそうな短いスカートが原因なのかは悟に判断することはできなかったが。


 そんな悟の前に、音もなく立った結花が悟に背を向けて両手を目一杯横に広げた。


「悟様の目の毒です」

「毎日おんなじような服着てるのは飽きられると思うけどぉ~?」


 その瞬間、悟に見えてしまった。二人の間にわずかにとんだ火花を。


 なぜこのメンバーになってしまったのか。

 それは凛華が「そこまで暇じゃない」と出かけるのを一蹴し、さすがに男2人女1人だとバランス悪くないかという話題になり、戸梶がそれならと美海を押してきたのだ。その言葉の裏側では「俺と結花さんを二人きりにしろ」という熱いメッセージが込められているのだが、女友達などいない悟に代案が出せなかったのだ。


 二人の間に飛ぶ火花………それはダーカーズ時代に真剣な者同士が視線をぶつけた瞬間に起こる現象。それを肌で感じていた悟は息を飲みこんだ。


「………ゆかりさんが二人」


 少し前、自分の服を選んでくれたゆかりを思い出して、静かに見守ることにしたのだった。


 そんな四人プラス、数えきれないほどの黒いスーツを着た女性たちを乗せた車(多数)は道路を占有しながら向かった先、それは隣県にある山の中。

 最初は戸梶が「クラゲが出る前に海っ!」と。下心満載で訴えかけていたのだが、そもそも海開きが行われていないので却下。


「おおおぉぉ……」

「おおおぉぉぉぉ!!!」


 そして今、悟たちの目の前に広がったのはキラキラと光る大きな湖。その近くには木々に囲まれた洋館があった。


「気に入っていただけましたでしょうか?」

「これは……マジですごいな」


 悟を覗き込むように訪ねてきた結花に、心底圧巻されていた悟は湖に視線を奪われながらも頷いた。


 海を却下されて残念がる戸梶をジト目に見た悟がキャンプを提案してみたが、そこに結花が「それなら………」と、結花が個人で所有している別荘に来ないかと提案してくれたのだった。


 まずは荷物を置くために洋館へと立ち寄った一行は、結花の案内でそれぞれが部屋を割り当てられていた。


「戸梶さんはこちらの部屋をお使いください」

「分かりました(キラッ)」


「ミミさんはこちらを」

「ありがとぉ~」


「悟様はこちらに……」

「ああ、ありがと」


 と、順々に案内されたのだが。


「ささ、悟様」


 と、後ろから声が聞こえてきたと思うと、同じ部屋に入ってきた結花が悟るから荷物を預かろうと手を差し出していた。

 もう一度「ありがとう」と声をかけ、近くにあるソファーに腰を落とす悟。下手なホテルよりも断然ふかふかなソファーに感動を覚えていると、荷物をしまい終えた結花がそっと悟の横へと腰を落とした。


 何かあるのかと、悟が結花へと視線を向けてみるが、結花と視線がぶつかると頬を染めた結花がいったんは視線を下げるのだが、次の瞬間には顔をまた上げる。


「そ、その、悟様っ、今日の夜、す、少しだけでよろしいので時間を頂けないでしょうかっ?」


 強い意志を感じながらも、震えている結花の瞳。頬はもう真っ赤で……。


「あ、ああ」


 悟の声に、結花の顔には花が咲いた。


「それではまた後程っ。お昼の支度が出来ましたらまた呼びに参りますっ」


 ソファーから飛び出すようにした結花は、どこか子供のように笑顔を振りまいて見せるとそのまま部屋を後にした。


 洋館に到着したのは11時少し前。

 気付けばあっという間にお昼の時間になっていて、呼びに来た結花に案内されて洋館の外へと向かう。

 少し前に見た結花ではなく、いつもの結花。

 ただ、迎えに来た結花の服装が白のワンピースになっていたのを見た悟としては、これから始まるであろうオシャレ合戦に覚悟を決めるくらいなものだった。


「……これは?」

「はい、バーベキューです」


 黒いスーツの女性たちが真っ白なエプロンをぶら下げて、サングラスの奥に光る眼を網の上に置かれた食材へと向けている。

 そこから少し離れたところにある大きなタープの下にはテーブルと椅子が置いてあり、既に戸梶と美海はその椅子に腰を掛けていた。


「なあ、俺たちはどこで焼けばいいんだ?」

「いえ、焼いたものをお持ちいたしますので、お好きなのをお取りください」

「あぁ、そうなんだ……」


 ちょうど肉が焼けたのか、黒服の女性が額に汗を垂らしながらも白い歯を見せながら戸梶と美海の前にそれらを置いていく。


 バーベキューとは?

 と、ツッコミたい心を抑えて戸梶たちの下へと向かった。


「お~悟、遅かったじゃね~か。───ほれ」

「わり~。……って、ナニコレ?」


 戸梶から差し出されたのは、簡単に言えばドリンクメニューだ。

 だがしかし、書かれている文字から目が離せないくなっていた。


「すげーよな~。ワインから日本酒までなんでもあるぜ?」


 確かになんでもある。

 それもすべてが安酒ではなく、醸造酒なら最低でも50年ものから100年ものまで……悟が自然に生きていれば出会うはずもない酒たちばかりだった。


「悟さん、あの人はお金持ちだからそんなに気を使わなくていいと思いますよぉ? それにぃ、それがだってこと、分かってないんですよ」


 美海は目を細めて言う。

 その口が、少しだが弧を描いているのを悟は見逃さなかった。



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