ヒーロー戦力外通告 クビを宣告された者たち
青キング(Aoking)
ヒーロー戦力外通告 クビを宣告された者たち 2022
公園で熱心に縄跳びを飛び続けるジャージ姿の男がいた。
諸井一雄(40)。職業はヒーロー。以前までは。
彼は先日、所属するヒーロー団体から戦力外を通告されてしまったのである。
諸井のヒーロー人生は22歳の頃、宝石戦隊タカランジャーのダイヤモンドとしてスタートした。同期入団の中では一番の抜擢だった。
ヒーロー養成所でも同じ年のメンバーの中ではプロからの期待が最も高く、将来性も見込まれていた。
タカランジャーの任期一年を経た後も、次代の戦隊ヒーローに入隊し続け青の枠を歴任した。30歳を越えてからもバックアップ要員として団体を支えた。
彼のヒーロー人生が傾き始めるのは、33歳の頃二年の任期で出向し初めてロールヒーローとして活動をしていた時である。
それまで戦隊の一人として戦ってきた諸井には、たかがローカルヒーローとはいえ戦闘全てを一人で戦い切る力が足りていなかった。
任期の序盤のうちは持ちこたえていたが、月日を経ると敵の戦闘力も上がり、諸井の回復は追いつかなくなっていった。
そして任期二年目には度々苦戦を強いられるようになり、かろうじて任期延長を受けるも、敗戦の回数が増えていき四年目の延長は打診されなかった。
その後も四年間、各地のローカルヒーローを渡り歩くも成績不振が続き、先日戦力外を通告されてしまった。
諸井は来月に行われるトライアウトを受けることにしたという。
「妻と子どももいますし、自分には社会人の経験がないのでヒーローをやめちゃうと満足いく仕事ができるとは思えません」
何がなんでもヒーローとして生計を立てるつもりのようだ。
トライアウトを受けることにした諸井の妻は、諸井がトレーニングでいない間に心境を語ってくれた。
「あの人の身体はもうボロボロなんですよ。戦力外を通告されたことをあの人から知らされたとき、お疲れさまって言おうかなと考えてたんですけど、あの人からトライアウト受けることにしたって告げられて言えなくなっちゃいまして。でもあの人が続けたいって言うのなら私は全力でサポートするまでです」
諸井のように戦力外通告後すぐにトライアウトを受ける者もいれば、一度現場を離れた後に復帰を目指す者もいる。
板部咲良(28)
現在の職業は、スーパーのパート店員。三歳の息子を持つシングルマザーでもある。
彼女は五年前までヒーローだった。
ローカルではあるが、男女ユニットのヒーローの女性枠として二年ほど活躍していた。
23歳の時に任期を終えるとともにヒーローユニットを組んでいた男性と結婚。 結婚を機にヒーローをやめて妻として夫のヒーロー活動を支えていた。
しかしヒーロー活動を続けていた夫が戦闘の際に大怪我を負い、怪我がトラウマとなってヒーロー活動を断念、その後は仕事もせずに家で飲んだくれるだけになってしまった。
板部は夫のヒーロー復帰に力添えしていたが、夫のトラウマは治ることなく、挙句には復帰を手伝う板部に暴力を振るうようになってしまった。
だがヒーロー経験のあった板部は夫の暴力に抵抗を格闘によって制止させ、夫はさらに自身失ってしまいヒーロー復帰は絶望的となった。
夫はヒーローを毛嫌いするようになり、結果板部とは別の女性と不倫関係に陥り、板部がパートに出ている間に不倫相手と行方をくらましたという。
板部はヒーローに復帰するために来月行われるトライアウトを受けることにしたという。
トライアウトのために仕事と子育ての傍ら、トレーニングで心身を鍛え直している。
「あたしが本来いるべき場所だと思ったんですよね。ヒーローって。自分自身ヒーローが好きですし、それに息子は私がヒーローだった時のことを知らないんですよね」
はにかみながら答えてくれた。
息子にはトライアウトで所属が決まってから告げるという。
「体力的にはまだやれる自信あります。トライアウト頑張ります」
板部は前向きだった。
トライアウト当日。
会場の隅にはウォームアップをする諸井の姿があった。
諸井の出場ナンバーは6。諸井は6のゼッケンを付けている。
周りの出場メンバーは体力のある若手ばかり。諸井と同じぐらいの年代はいない。
ヒーロートライアウトはVR空間に出現する仮想の敵一体ずつとの戦闘を三回行い、その勝敗判定で成績を決める。使用する武器や能力については公平を期すために火、水、光の三属性と剣、錫杖のいずれかから選択できる。
毎年成績の良い者は、ローカルヒーローとして採用されたり、団体から再契約を打診されてヒーローとして戦線復帰する。
中にはヒーロー養成所から教官見習いとしてスカウトされることもあり、トライアウトの結果次第でヒーロー人生の存続が決まるのだ。
そんな大事な場で諸井の番号が呼ばれた。
妻と子供が見守る中、諸井が選んだ属性は青枠の時に使用経験のある水、武器は剣だ。
一体目の敵は、岩をモチーフにした怪人。
三分間の戦闘の結果。水属性を利用して岩を溶かすことに成功、勝利した。
二体目の敵は、鷹をモチーフにした怪人。
空を移動する敵に水の攻撃は中々命中せず、打開策が見つからないまま背後から爪で突き刺され、敗北の判定が下った。
三体目の敵は、蛙をモチーフにした怪人。
水攻撃が通用せず苦戦を強いられたが、最後には敵の内部で水爆弾を破裂させて圧力によって敵の身体を粉砕。
三体の敵に対して二勝一敗。まずまずの結果だ。
トライアウトの結果を踏まえて興味を示した団体関係者からは、一週間以内に連絡が入る。
諸井は吉報を待つことにした。
一方、板部もトライアウトの会場にいた。
板部の出場ナンバーは003。団体から戦力外通告を受けた者たち以外の出場者は三桁を割り当てられる規則になっている。
板部のように一度戦線を離れてヒーロー復帰を目指す者は少なく、板部は三桁の出場メンバーの中で唯一の女性だった。
板部の番号が呼ばれた。
息子の写真を入れたお守りに何かを呟いてから、板部は属性と武器を選ぶ。
板部が選んだのは、ヒーロー時代に使用経験のある光属性と錫杖だ。
一体目の敵は、ネズミをモチーフにした怪人。
戦闘開始と同時に光の攻撃を連発するも、制限時間を一分以上残して体力が尽き果ててしまい敗北。
二体目の敵は、コモドオオトカゲをモチーフにした怪人。
光の攻撃で弱らせるも、近接戦に持ち込まれて膂力の差で敗北。
三体目の敵は、鏡をモチーフにした怪人。
光の攻撃は逆効果で使えず、かろうじて近接戦に持ち込むが惜しくも敗北の判定が下った。
三体の敵に対して、零勝三敗。散々の結果だ。
会場を後にしながら祖母へ電話を入れる板部の顔は沈んでいた。
トライアウトから三日後。
諸井のもとに家族以外からの着信が――相手は、諸井がタカランジャー時代にチームを組んでいた現在はカレー屋を開いている黄色枠だった。
「なんか。ヒーロースタントのバイトを斡旋してる知り合いが自分に興味を持ってくれてるみたいで。その仲介で連絡くれました」
受けるんですか、と問うと諸井はとんでもないと言いたげに首を横に振った。
「期日ギリギリまで団体からの連絡を待ちます」
三日後。諸井のもとに再び家族以外からの着信が――相手はヒーロー団体からだった。
しかし諸井は納得いかない顔つきになった。
「トレーニング担当でどうか、ってことでした」
トレーニング担当とは、ヒーロー団体に所属するプロ契約のヒーローの戦闘技術を向上させるための相手役だ。
現役希望で連絡を待つ諸井にはすぐに決めかねる打診だった。
期日ギリギリまで現役として契約してくれる団体からの連絡を待ったが、どこからも連絡はなかった。
諸井は一年待って二回目のトライアウトを受けるか、トレーニング担当の打診を承諾するかで悩み、そして決断した。
「一年トレーニングを続けて、来年またチャレンジします」
諸井の意思は固かった。
一方で、板部はヒーロー復帰に悲観的だった。
トライアウトから七日経っても団体からのオファーはなく、連絡があったのは芸能事務所からアクションスタントとしての打診だけだった。
「トライアウトを受けた後から復帰は難しいかなって考えるようになりましたね。現実は甘くないですね」
板部にとってトライアウトは久々の実戦だった。
トライアウトのためにトレーニングをしてはいたが、五年のブランクは補いきれなかったのかもしれない。
「ヒーローとしてやっていくには戦闘力が足りないけど、スタントなら雇ってもらえるみたいなので、良い仕事に就けるだけでもトライアウトを受けてよかったと今では思ってます」
トライアウト直後よりも板部の表情には明るさが戻っていた。
今後の去就について尋ねると、板部は微笑んだ。
「アクションスタントのオファーを受けます。女性スタントの数が足りないそうなので即戦力として期待してくれているらしいですしね」
板部の先行きは明るそうだ。
ヒーロー戦力外通告。
それは人生の岐路に立たされたヒーロー達の物語である。
ヒーロー戦力外通告 クビを宣告された者たち 青キング(Aoking) @112428
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