Day2 アンリテラル / 解読、ときどき恋
勉強机とベッド、それから本棚と本棚と本棚しかないような部屋だが、御樹は自室をかなり気に入っていた。休日は部屋に籠って漫画を読むかアニメを観るかゲームをするか、大概それくらいだと決まっている。
両親と不仲なわけではない。寧ろよく気が合うくらいだ。「朝に顔を出して、3食取って風呂入って寝てくれるなら、別にそれで」というのが母親の姿勢であり、父も「陰謀論や論破にはまっていないだけ全然いい」と口を出す気配もない。元より、オフ会で知り合って結婚したような2人だ。道理と言えば道理であろう。
そうは言っても、時たま回転寿司を食べに行ったり、映画を見に行ったり、なんて機会もある。それも苦ではない。どこへ行っても設定がどうこう演出が云々と談義するだけだ。却って同年代の人間と話し辛くはなったが、最低限のコミュニケーション能力は身に着いている。少々調子を柔らかくすれば、疎外される程でもない。
さて、そんな風になんの不安もないまま部屋に籠り、朝っぱらからベッドに腰掛け、壁に背を預けて漫画――公式アンソロで表紙絵がバチボコに好み――を読んでいると、スマホの着信音が鳴った。
枕の上に置いてあるそれに目を向け、およそ1秒は口を開けて息を漏らしながら、ゆぅっくりと漫画を閉じ、やがて手に取って応答。ごろりと寝転がる。
「もしもし」
『やぁ、御樹君。暇かい?』
――やぁ、ってなんだよ。かい? って言うか普通。
電話で聞く天音の声は、当然普段と違って聞こえる。演技ったらしい口調には慣れた筈だが、それだけのことで改めて引っかかってしまった。元来、天音自身の趣味であり、つまりは概ね虚構らしいが。
「極めて暇。暇過ぎて柴犬の動画見てた」
『良かった。一先ずちょっと質問。南口の方に新しいネカフェが出来たんだけど、知ってる?』
「いや、知らないけど。そこがどうかしたのか?」
『一緒に行けないかな。割り勘しようよ』
「あぁ、そういうこと」
以前、御樹の聞いたところによれば、天音は月の小遣いをサブスクと月イチの漫画喫茶で粗方消し飛ばしている。その負担の一部を他人に押し付けられれば金は浮き、また、彼にとっても大きな損害はない。悪い話ではなさそうだ。
「料金は?」
『個室利用で12時間2600円。スプリットで
「なんで不吉に言うわけ? いや、でも、そうか、なるほど……」
10歳の誕生日の時に連れて行ってもらい、その後も気が向くと利用している店が御樹にはある。AM6時-PM8時のフリータイム1400円。駅からそこそこ離れている場所にはあるが、チェーン店の癖に他よりも妙に安い料金設定が魅力だ。弱点は漫画・ネット環境以外に、トイレと有料のドリンクサーバーぐらいしかない点。
「設備はどんな感じだ?」
『飲み物とアイスが無料で、昼食もとれる。幾つか動画サービスと契約していて、カラオケやシャワーもあり。不要だけどね』
「なんだ」と御樹は笑む。「そういうのが要らないなら、もっと安くて1人で使えるところを知ってる。早く教えれば良かった」
『え? 困ったな』
明らかに困っていない語調だ。そもそも困る理由もないが「何が?」と取りあえず尋ねてみる。
『2人で行くこと自体、割と楽しみにしていたんだよ。けれども、そういうことならこの話はチャラだね』
「まぁ、そうなるな」
頭をかきながら言うと、果たして返事がない。何か不調が、と思いかけるも、天音の溜息が聞こえてきた。
『そんな、ひどい……』
「いやいやいや」
たまらず上半身を起こし、目を見開く。「今のは仕方ないだろ。金欠以外に理由があるなら、僕だって提案に従うけど」
『そんな』
「分かった。分かった、付き合うよ。嫌とは言ってないだろ」
やや投げやりになって言った。『わーい』と心底どうでも良さそうな歓声が返ってくる。
「でも、2人部屋ってそんなに楽しいか?」
『恐らくね。おすすめの漫画でも教えてよ』
「いつもやってる」
『なら、愛好する漫画の思い出でも』
「いつも話してる」
『では、アニメ鑑賞かな』
「昨日やったし僕の家でも出来る。君、わざと言ってるだろ」
『まさか。そうだ、少し待ってくれかな。漫画喫茶デートの魅力を調べるから』
「そこまでの無理もしないでいい」
『無理でもないさ』という言葉で音が途切れた。今度は黙り込んだわけではなく、また、不具合でもない。消音だ。本当に調べているらしい。
御樹は耳元からスマホを離し、顔を歪めて応答を待つ。こうなると通話を切る以外には手出しが出来ず、ただビミョーな気分でいる他ない。
天音の口ぶりでは、金欠の他、御樹を使うメリットなど後付けであり、純粋に2人で行くことが目的かのようだ。あるいは、本当にそうなのかもしれない。
ロマンチスト、あるいは恋愛脳ということでもないのだろうが、彼女は恋人ごっこを好んで行う側面がある。御樹の気を惹くような発言の真意は定かではなく、どこまで意識しているのか知れないが、この件も影響しているのだろう。
『もしもし、御樹君。終わったよ』
「あー、で、どうだった?」
『所謂おうちデートよりも気軽で、狭い部屋でその気になれば密着して楽しめるのがいいんだってね。御樹君のご意見は?』
「最低。息が詰まるだけ。距離を取れないと息絶える」
『そう言うと思ったよ』
天音はケラケラ笑っているが、御樹からすれば冗談にもならない。尤も、その反応が分かっているからこそ口にするのだろうが。
『私も繊細だからね。人肌の感触と吐息なんて、集中を妨げるばかりだよ』
「それなら調べても無駄だったな。で、日取りはどうする?」
『4週目の日曜日で、理想は朝5時、ないし6時からの12時間。こちらはいつものことだから、御樹君のご両親が承諾してくれたら万事OK』
「僕もたまに行くから、平気だと思う。それより、他人がいたらいつものことにはならないんじゃないか」
『御樹君なら大丈夫だよ。お母さんにはよく話してるし、昨日のこともすぐ認めてくれたから』
「ならいいけど」
よく話してる、という発言は少々気にかかる。悪評が流れていなければいいが、彼女のことだ。妙に大袈裟に語られているかもしれない。
『これくらいだね。すぐにサイトのURLを送るから、気になったら目を通しておいてくれるかな』
「了解」
『うん。それじゃあ、えっと……時間を取って悪かったね。バイバイ』
「あぁ、じゃあまた」
言うなり、電話はプツンと消えた。やけに引き際のいいことだ。本題に入った途端にすぐさま終わった。
ふぅと息を吐く。スマホを枕元に置き、漫画に手を伸ばし、僅かに静止してから引っ込める。想いを寄せる相手と話し、そのまま他の行動にシームレスで移れる程、彼も切り替えは良くない。
腕を組み、天井を眺め、腕を組み直し、クソ真面目な表情を作って「死してなお、勝利の栄冠に輝かんことを」などと一切関係のないことを言って気分を誤魔化す。話している間は却って気楽でも、冷静になれば反省点がぽこじゃか湧いて出てくる。こうなると面白くない。
「集いて惑うな、我が指を……クソッ」
悶々としていると、スマホの通知音が鳴った。すぐ、と言っていた割には遅いが、ウェブサイトのURLだろう。手に取ると、しかし文面は、
『断られなくて良かったよ 今から待ち遠しいな』
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