第十四話 ままごと

「夕方にはウィルが迎えにくる。それまで目を離すなよ、ギル」

「任せろよ、子どもは得意だ」


 そう言うと、エリシャは立て襟のロングコートを羽織って家を出ていった。今日もイーサンとマーリンは外出していない。エリシャもこれから予定があるようで、ギルバートに後を頼むと、午前中のうちに出発していった。

 玄関前で見送りを済ませると、ギルバートはきっちりと扉を施錠する。真紅の廊下を戻りながら、ローズは隣に並ぶ男を見上げた。彼の優雅に巻かれた金髪が、歩く度にほわりほわりとクリームのように弾む。


「みんな、外でなにをしているの?」

「そりゃあ想い玉を集めてまわってるんだよ」

「じゃあ、だれかに会いにいってるってこと?」

「そうだろうね。エリシャは今日、先日出会った紳士と食事だって言ってたけど」

「ふーん」


 男とにこやかに食事を楽しんでいるエリシャの姿を、ローズは想像してみる。……あの眉間の皺が消える事など果たしてあるのだろうか?


「その人はエリシャの友達?」

「さぁ? どうかな?」


 ギルバートはふわふわと金髪を揺らし、にこにこと意味ありげに笑っている。残念ながらローズにはその真意が分からなかったので、その返答に首を傾げるしかない。

 ギルバートはローズをリビングへと案内し、ままごとをしようと提案した。ギルのへやには入れないの?と聞くと、彼はまたにっこり笑ってそれを拒否した。


「わたし、おねえさんの役がいいわ」


 そう言って、持ってきた小さなテーブルの上にカップとお皿を並べ、その上にギルバートに貰った植物を料理に見立てて乗せていく。ままごとセットを用意したローズが後ろを振り返ると、そこには何故、見知らぬ金髪の少年が立っていた。


「君の弟なら、もっと幼いか」


 言うまに、少年が金髪の幼児に変わって目の前に座りこんでいる。ローズはぽかんと口を開け、その子どもを見下ろした。幼児はふくふくとした頬で笑う。


「可愛い弟ができて嬉しいか? ローズ」

「……ギルにはパパの役をやってもらおうと思ってた」


 言うと、幼児はきょとんとした顔をした後、困ったように後ろ頭を掻いた。


「ボクらはあまり親と一緒に暮らしてなかったから、どうやればいいか分からないんだけど」

「そうなの?」

「世の中の親が皆、ウィルみたいに愛情深い親ばかりじゃないんだよ」


 悲しい事にね、と幼児が世を憂うような顔で言うので、ローズは頬を引くつかせるしかない。


「おっと、こんな暗い話はナシナシ。もっと楽しい事をしよう!」

「でもエリシャはくるしい事やかなしい事もにげださずにがんばりなさいって言ってたよ?」

「エリシャはサディスティックな男だからそんな事を言うんだよ」

「なにそれ?」


 ギルバートはにやりと片頬を吊り上げて笑い、あいつは他人が苦しむのを見るのが好きなんだ、と言った。ローズは眉を寄せる。


「家族のこと、わるく言うのね」

「あいつらと家族になった覚えはないよ。ボクが家族と認めるのはこの世に一人だけだ」

「それってマーリンのこと?」

「マーリン? 彼女とボクに血の繋がりはないよ」

「そうなの? 金髪に青い目だから、ふたりはきょうだいなのかと思ってた」

「いやいや、ただの偶然だよ。ボクの方が断然美しいだろう?」

「どっちもキレイよ」


 素直に答えたつもりだったのに、ギルはそれにただ無言で笑って返してきた。彼の青い瞳が鋭く光った気がしたが、多分気のせいだ。


「ボクが言ってるのは双子の姉さんの事だ」

「おねえちゃんがいるの?」

「あぁ、ボクらはそっくりで、子どもの頃なんてよくお互いを間違えられたものさ」


 耳でね、判断するんだ、とギルバートは言う。彼がふわふわの髪を掻き上げると、その耳は少しばかり尖がっていた。確かに、これなら見分けがつきやすい。


「じゃあ、ギルもこの家の人たちは家族じゃないと思ってるの?」

「うーん、そういうふうに思った事はないなぁ。でももしそれで考えるなら、イーサンが末っ子だな。ボクは真ん中。エリシャは長男。マーリンは……母親って感じはしないな」

「妹じゃなくて?」


 あ……という顔のまま、ギルバートの顔が固まった。明らか、余計な事を言った、という顔だった。


「そういえば、ギルたちはなんでマーリンのことを"先生"ってよぶの? だっておかしいじゃない? あなたたちよりマーリンの方がずっと年が若いのに、」

「そ、そういえば、土人形を作ったって? 埃渡りをちゃんと食べてるか見にいかないか?」


 大人の姿に戻ったギルバートは、疑念の眼差しを向け続けるローズの背中を無理矢理押して、キッチンへと連れていった。

 始めは納得がいっていなかったローズだったが、自分の作った土人形が隊列を組んで黒い毛むくじゃらの埃渡りをとっ捕まえては口の中へと放り込んでいく様を見ているうちに、彼の言った言葉の意味など、すっかり頭から吹き飛んで忘れてしまうのだった。

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