第462話 お金のない世界
注視者の世界
夜風が吹き抜ける街の片隅で、ダイラとクワヤマダは言葉少なに歩いていた。この世界からお金が消え、人々はスマホに送られてくる意味不明な記号だけを頼りに生きるようになって久しい。欲しいものはその記号と一致したものでしか手に入らない。だが、どうして記号が与えられるのか、その基準は誰にもわからない。
「ダイラ先輩、また噂を聞いたんです。」
クワヤマダの声には明らかな恐怖が滲んでいる。
「今度は何だ?」
ダイラが歩を止めて振り返った。
「消えた人たちが、無料配付の物品になってるって……。昨日、配られた食料の包装に消えた人の名前が書かれてたらしいです。」
その言葉に、ダイラは無意識に手にしていた小さな缶詰を見つめた。何の変哲もないラベルだが、その裏に何が隠されているのか、想像するだけで背筋が寒くなる。
「馬鹿な噂だろう。そんなこと……」
言葉を切るダイラの声が、不安に揺れていた。
「でも、この世界がどう動いているのか、誰も知らないじゃないですか。記号も、注視者も、全てが謎のまま。」
クワヤマダはスマホの画面を握りしめる。そこに映るのは意味不明な記号の羅列。
「注視者だけが、この世界を操っているのは確かだ。欲しいものは手に入るかもしれないが、その価値を決めるのは俺たちじゃない。」
ふと、通りの向こうから不気味な静寂が迫ってくる。街灯が一つ、また一つと消えていく音がした。
「先輩、ここを離れましょう!」
クワヤマダが慌てて声を上げた。
「待て。お前のスマホに何か来てないか?」
ダイラの問いに、クワヤマダは震える手で画面を確認する。そこに現れたのは真っ黒な背景に、冷たい文字。
「あなたの役割は決定しました。」
「役割……?」
その瞬間、ダイラのスマホも震え始めた。同じ言葉が浮かび上がる。
遠くから足音が聞こえた。いや、これは足音ではない。何か巨大な機械のような音が近づいてくる。
「ダイラ先輩、逃げましょう!」
クワヤマダが叫ぶが、ダイラはその場を動けない。
「消えた人間が物になるって噂……あれは、俺たちの未来かもしれない。」
ダイラの呟きに、クワヤマダは答えられなかった。
街灯が完全に消えた。暗闇の中、何か巨大な影が彼らを覆う。その時、彼らのスマホに新たな通知が届いた。
「再配付の準備中です。」
暗闇の中、二人の存在が徐々に薄れていく。最後に聞こえたのは、何かが遠くで配られる音。
それが何だったのか、もう誰も知ることはできない。ただ一つ確かなのは、この世界のルールを知る者は、注視者だけだということだった。
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