第459話 さよなら人類
2025年7月、東京・渋谷のスクランブル交差点。夜の喧騒の中、ダイラとクワヤマダはカフェの窓際席に座っていた。目の前を観光客がスマホを掲げながら行き交う中、ダイラは口を開いた。
「聞いたか?『方向音痴』って詩集、あれヤバいらしいぞ。」
クワヤマダは鼻で笑った。「また都市伝説か?最近はそんなのばっかりだろ。しかもこの時代に詩集はないだろ。」
「いや、ただの噂じゃないんだ。SNSで見てみろよ。」ダイラがスマホを差し出した。画面には、渋谷駅で迷子になった人々の動画が次々と投稿されている。彼らは途方に暮れ、同じ場所を延々と彷徨っているように見えた。そのほとんどが、手に『方向音痴』という詩集を持っている。
「そして、この詩集にはある特徴がある。」ダイラは低い声で続けた。「たま、覚えてるか?」
「たまって……あの伝説バンドの『さよなら人類』の?」クワヤマダは不審げな顔をした。
「そう。あのたまの歌詞がそのまま詩集になってるんだ。」ダイラは声を潜めた。「ただ、何かが違う。読んだ人が次々と道に迷い、行方不明になるって話だ。」
「歌詞なんてただの言葉だろ。そんな馬鹿げたこと、信じられるかよ。」クワヤマダは笑い飛ばしたが、その笑いはどこかぎこちなかった。
二人はカフェを出て、詩集の噂を確かめるために渋谷の古本屋へ向かった。交差点を少し離れた場所にあるその店は、薄暗いネオンが不気味に点滅していた。入り口をくぐると、湿った空気と古紙の匂いが鼻をついた。
「すみません、『方向音痴』って詩集を探してるんですけど。」ダイラが声をかけると、店主と思しき老人が無言で奥の棚を指差した。そこには、一冊だけ異様に新しい詩集が置かれていた。
手に取った詩集の表紙には、確かに「方向音痴」と書かれている。そして中を開くと、見覚えのある歌詞が並んでいた。
「たのしい方向音痴から
ぼくらさびしい迷子になろうよ」
だが、ページをめくるにつれ、歌詞は次第に奇妙な形に変貌していく。
「ギロチンにかけられた
人魚の首から上だけが
人間だか人魚だかわからなくなっちゃって」
「こんな歌詞、たまにあったか?」クワヤマダが眉をひそめた。
その時、不意に店内の照明が暗くなり、棚の影から聞き覚えのあるメロディが流れ始めた。それは、たまの「さよなら人類」のイントロだった。ただ、その音はどこか歪んでおり、不快なほどゆっくりと伸びていた。
「これ……おかしいぞ。」クワヤマダが後ずさる。
振り向くと、店の出口が消えていた。代わりに、壁一面に「さよなら人類」の歌詞がびっしりと書かれている。そして、その文字が滲むように浮き上がり、まるで生き物のように動き出した。
次の瞬間、詩集がダイラの手の中で熱を帯び始めた。ページが勝手にめくれ、最後の一節が目に飛び込んできた。
「かなしい冷凍たましいは
発熱歯痛にも効きめがあります」
その文字を見た瞬間、二人の足元に黒い渦が現れ、まるで生きているかのように二人を引きずり込んでいった。
翌日、渋谷の古本屋には新たに『方向音痴』の詩集が二冊、追加されていた。その表紙には、ダイラとクワヤマダの顔が浮かび上がり、微笑んでいた。
そして、詩集を開いた人々の足元には、また新たな闇が現れる。
「迷った先には何が待つ?」
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