第457話 遅れてきたノストラダムス

1999年、ダイラは美大のアトリエで新しい作品制作に取り組んでいた。彫刻家としての将来を見据え、彼の情熱は頂点に達していた。だが、その一方で彼は彫刻制作とは別に、特許を目指した実験的な照明装置を開発していた。それは単なる明かりではなく、「未来を映し出す光」を放つ特殊な照明だった。


ある晩、彫刻に没頭していたダイラは、特殊照明のスイッチを切り忘れたまま帰宅した。深夜にそのことを思い出し、不安に駆られた彼はアトリエへと急いだ。


アトリエに足を踏み入れると、薄暗闇の中で青白い光が部屋を満たしていた。その光は壁一面に映像を投影していた。最初は何の映像かわからなかったが、目を凝らすと、そこには25年後の世界が映し出されていることに気付いた。


荒れ果てた都市、干上がった河川、黒煙を吐き出す工場、飢えた子供たちの姿。そして、それを見下ろすようにそびえ立つ巨大なAIのような構造物が、人類を監視しているかのように映っていた。


「これは……なんだ?」


ダイラは震える手でスイッチを切ろうとしたが、手を止めた。その瞬間、映像の中に人影が現れた。それは白いワンピースを着た女性で、じっとこちらを見つめている。彼女は静かに唇を動かし、何かを伝えようとしていた。


「未来は変えられる……まだ間に合う。」


彼女の囁きが耳元に届くように響いたとき、ダイラは我に返った。そして急いでスイッチを切り、アトリエを飛び出した。


翌日、彼は大学のモガミ教授に相談した。モガミは未来予測や歴史学の専門家であり、ダイラにとって頼れる存在だった。


「ダイラ君、それが本当に未来だとすれば……君の照明装置は、神の領域に触れたようなものだ。」


「教授、僕はそれを止めたいんです。このままだと人類は滅びてしまう。」


モガミは深いため息をついた。


「だが、誰が信じる?そして、それを見たとして、未来を変えようとする者がいるだろうか?」


それでもダイラは決断した。彫刻家としての道を捨て、未来を映し出す特殊照明を各地で投影し、人々に啓蒙活動を行うことを決めた。彼の照明が映し出す未来の光景は、希望ではなく恐怖そのものだった。だが、それを見た人々の中には、現実に戻って行動を起こす者も現れた。


しかし、すべてがうまくいったわけではない。照明が映し出す未来に魅了され、その映像を現実と信じ込む者もいた。特にあの白いワンピースの女性が映るたびに、「彼女に会いたい」と言い残して行方をくらませる者が続出したのだ。


ダイラ自身も次第にその女性に囚われていった。彼女は未来からの使者なのか、それとも照明装置が作り出した幻影なのか。夜ごと彼女が囁く声がダイラの耳に響き渡った。


「未来は近い……君の役目は終わりだ。」


25年後の未来が映し出されるたびに、光の中に現れる彼女の姿が次第に大きくなり、最後には光そのものとなって消えていった。そして、ダイラのアトリエから彼が姿を消したのはその直後のことだった。


現在2025年、ダイラの行方を知る者はいない。だが、彼の特殊照明はどこかで光を放ち続けているという噂がある。そして、その光を浴びた者は、未来の恐怖を知り、取り返しのつかない行動を取るようになるという――まるで白いワンピースの女性に操られるかのように。


未来はまだ変えられるのか、それともダイラが見たのは既定の運命だったのか。誰も答えを知らないまま、恐怖だけが世界に広がっている。


未来を変えるのは誰だ?

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