第456話 バオバブの呪い
「昨夜、あのバオバブの木の前で、また誰かが消えたらしい。」
大学の講義室でクワヤマダが囁いた。
その話を聞いたダイラは、鼻で笑った。
「消えたって?幽霊とか言い出すんじゃないだろうな。」
「違う、本当なんだって。今朝、警備員が見たら木の根元に靴だけが残ってたんだ。しかも、昨日その人が投稿してたSNSには……」
クワヤマダの顔が青ざめていく。
「何か書いてあったのか?」とダイラが促すと、彼はスマホを取り出して見せた。
そこには「木の下で、彼女に会った。美しいけど、おかしい……助けて」という最後の投稿が残されていた。
その夜、課題で遅くまで作業していたダイラとクワヤマダは、構内のバオバブの木の近くを通ることになった。
風がざわめき、枝葉が闇夜の中で不気味に揺れる。
「これが噂の木か……ただの古い木にしか見えないけどな。」
ダイラが木の幹を見上げながら言ったその瞬間、低く響く声が聞こえた。
「誰か、助けて……」
「聞こえたか?」
クワヤマダが驚いて声を上げる。ダイラは少し身を乗り出し、根元を見た。
そこには、またしても一足の靴が置かれていた。そしてその靴のすぐそばには、白いワンピースを着た女が木に寄りかかって立っている。
「おい、あれ誰だ?」
女はゆっくりと振り返り、無表情のまま二人に近づいてきた。
彼女の瞳は異様なほど黒く、その奥に何かが蠢いているようだった。
「こんな時間に何を?」
恐る恐る声をかけたクワヤマダに、女は口元だけをわずかに動かして囁いた。
「この木、あなたも触れる?」
「何の冗談だ。」
ダイラが木に手を伸ばそうとしたその瞬間、クワヤマダが叫んだ。
「やめろ!昨日消えた奴もこれが原因かもしれないんだ!」
だが、ダイラは迷うことなく木に触れた。次の瞬間、空気が凍りついたような静寂が訪れる。
ダイラはその場で膝をつき、目を見開いたまま動かなくなった。
「ダイラ先輩!」
クワヤマダが駆け寄ると、ダイラの背中から何かがゆっくりと浮かび上がるのが見えた。
それは巨大な蛇だった――木の幹に溶け込むようにして絡みつき、彼を捕らえていたのだ。
蛇の目がクワヤマダに向けられると、彼の耳元にあの女の声が再び響く。
「代償を受け入れる覚悟はある?」
翌日、バオバブの木の下でダイラの靴が発見された。
その幹には、新しい刻印のような模様が刻まれている。それは彼の顔だった。
噂は瞬く間に広がった。あの木に近づくたび、根元に何かが囁く声が聞こえる、と――。
「やめてくれ……助けて……僕はここにいる……」
しかし、誰もその声を本当に聞こうとはしなかった。
それは、幹の中に封じ込められた者たちの叫びだということを知らないまま。
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