第454話 東京降臨
それは、若きダイラにとって最も輝かしい作品だった。三角形の鉄板を繋ぎ合わせ、無数の小さな穴を開けた「奇跡の宇宙」。その穴からこぼれる光が、星空のように輝く。それを見た人々は口々に「宇宙そのものだ」と絶賛した。だが、誰も気づいていなかった。あの光が何かを「表している」のではなく、何かを「呼び寄せる」ためのものだということを。
展覧会初日、作品は新宿のギャラリーで公開され、深夜には警備員しかいなくなった。静寂に包まれた会場に、ある瞬間、異様な気配が漂った。
防犯カメラが捉えた映像では、鉄板に開いた穴の一つから、青白い光がわずかに漏れ出したかと思うと、周囲がゆっくりと暗くなり始めた。その後、突然カメラは停止し、何も映らなくなった。
翌朝、会場を訪れたスタッフたちは、警備員が一人もいないことに気づいた。床には人の形をした焼け焦げた痕跡がいくつも残されていた。作品は、展示台の上に変わらず鎮座していたが、鉄板の穴が増えていることに誰も気づかなかった。
異変は東京中で起き始めた。
午後、新宿駅前のスクリーンに突如「東京降臨」という言葉が表示された。その画面は青白い光に覆われ、付近にいた人々は足を止めて見入ったかと思うと、その場で倒れ、まるで塵のように跡形もなく消えた。
六本木、渋谷、銀座――次々と同じ現象が繰り返され、都市全体が異様な静寂に包まれていった。
その頃、ダイラのスマホに一通のメッセージが届いた。
「最後の穴を開けたとき、すべてが終わる。」
彼は、心臓が凍りつくような感覚に襲われた。これは大学時代、彼が鉄板に穴を開けていたときに聞こえた「声」と同じものだ。
ダイラは、鉄板を封印すべきだった。だが、作品が高く評価され、美術館に収められたことで、すべてが手の届かない場所へ行ってしまった。
彼が学生時代に鉄板を加工していたときのことを思い出した。穴を一つ開けるたび、どこからか低い、湿った声が響いていた。
「次の穴を……それが扉になる……」
最初は夢中で作業を続けていたが、最後の穴を開けた瞬間、鉄板全体が低く震え、穴の奥から数え切れないほどの目がこちらを覗いていた。恐怖に駆られた彼は、それ以上の作業をやめたが、作品はそのまま放置された。そして今、その鉄板は東京で「開いて」しまったのだ。
深夜、東京スカイツリーの周囲に集まった人々が、青白い光の下で静かに立ち尽くしていた。その光は空へと伸び、やがて東京全体を覆った。
ダイラは走り続けた。「奇跡の宇宙」を取り戻し、穴を塞がなければならない。だが、鉄板の前にたどり着いたとき、彼は凍りついた。
鉄板はもはやただの鉄ではなかった。表面に無数の顔が浮かび上がり、穴という穴から覗いている目が彼を見つめていた。顔は無表情だったが、目だけは、底知れない憎悪と飢えに満ちていた。
その瞬間、鉄板から無数の黒い腕が伸び、ダイラを掴み、穴の中へ引きずり込んだ。
翌日、東京は完全に消えた。地図からも、記憶からも。世界中の誰も、そこに都市が存在していたことを思い出せない。ただ、夜になると、時折空に浮かぶ青白い光が見えるだけだ。
そして、その光に近づいた者の耳には必ず聞こえるという。
「次は、お前だ。」
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