第446話 青姑婆の究極の選択

月の光がかすかに差し込む台湾の深い森の中で、ダイラ、クワヤマダくん、そして栗瑛人の三人は迷子になっていた。迷い込んだ理由も、どうしてここまで奥深く来てしまったのかも、もう誰にもわからない。ただ、この森には「青姑婆(チンコポー)」という妖怪が住むという伝説だけが、うっすらと記憶に引っかかっていた。


「青姑婆って、何する妖怪なんだ?」クワヤマダくんが枝を払いながら訊いた。


「選択を迫るらしいよ。究極の選択をね」と栗瑛人が応じた。「ただ、何を選ばせるかはその時次第だってさ。噂によれば、選び方次第では二度と森から出られなくなるとか」


「そんなのただの迷信だろう」とダイラは軽く笑った。「昔の人が作り上げた話だよ。妖怪だなんて、まるで作品のコンセプトみたいだ」


だが、その瞬間、森全体が揺れたように感じた。風もないのに木々がざわめき、遠くでかすかな声が聞こえた。彼らは無意識に足を止めた。気づけば、目の前に青白い光が漂っている。その光の中に、しわがれた老婆のような影が浮かび上がってきた。


「青姑婆だ……」栗瑛人が囁いた。


老婆の声が空気を裂くように響く。「さあ、選べ。森を出るためには、何かを犠牲にしなければならない」


彼女の声には、否応なく応じさせられる力があった。三人は無意識に頷いた。


最初の選択

「孤独の中で誰にも知られず名作を残すか、平凡な作品でもみんなに愛されるか」


「どっちも地獄だな」と栗瑛人がため息をついた。「孤独も嫌だし、平凡ってのもなんか違う。でも、選ばないってのはダメなんだろう?」


ダイラは少し考え込んでから答えた。「僕なら、孤独でもいい。名作を残せるなら、それが世界に何かを伝える力になるかもしれない。平凡で消えていくくらいなら、一瞬の輝きの方がいい」


クワヤマダくんは静かに言った。「俺は逆だな。孤独は耐えられない。誰かと一緒に笑える平凡さの方が、ずっと価値があると思う」


青姑婆は薄く笑ったように見えた。そして次の問いを投げかける。


次の選択

「チップを受け取る生活か、感謝の言葉を受け取る生活か」


栗瑛人が口を開く。「これは簡単だ。チップだ。感謝の言葉なんて空っぽだろ? 形に残らないし」


ダイラは首を振る。「いや、感謝の言葉には力があるよ。僕の作品を見た人が『ありがとう』って言ってくれた。その一言がどれだけ救いになったか」


「感謝の言葉って、結局その場だけのものじゃない?」栗瑛人が反論する。「でもチップなら、それでまた飯が食える。感謝じゃ腹は膨れないよ」


クワヤマダくんは微笑んで言った。「どっちが正しいかはわからない。でもさ、感謝の言葉もチップも、その人が本当に心を込めたものなら、どちらも大事なんじゃない?」


最後の選択

「真実を守るために仲間を裏切るか、仲間を守るために真実を隠すか」


今度は誰もすぐには答えられなかった。森の中に緊張した空気が漂う。


「……真実を隠す方が簡単だよな」栗瑛人がぽつりと呟いた。「でもそれって、本当に仲間を守ることになるのか?」


ダイラは答えた。「僕なら、真実を選ぶ。裏切りになっても、いずれ仲間にもそれが正しかったと伝えられる日が来るかもしれない」


クワヤマダくんは静かに言った。「裏切るくらいなら、真実なんて要らない。仲間がいなければ、それこそ何のための真実かわからなくなる」


青姑婆は満足そうに頷いた。「よく考えたな。答えに正解はない。だが、選択すること自体に価値がある」


老婆の影はゆっくりと光の中に溶けていき、森のざわめきも静まった。気づけば、彼らの目の前には森を抜ける小道が現れていた。


ダイラがふと振り返る。「彼女の問いって、どれも結局、自分が何を大事にしているかを問い直させられるんだね」


栗瑛人が苦笑いを浮かべた。「まあ、森から出られてよかったよ。あのままだったら俺たち、朝まで選択肢を議論してたかもな」


クワヤマダくんは少しだけ笑った。「でもさ、どれも結局、俺たちの中に答えがあったんだろうな」


三人は小道を進んでいった。背後で、青姑婆が彼らの選択を見届けているような気がした。

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