第439話 おじさんパーカーvsタンクトップ
台湾の夜、ダイラは小さなレストランの片隅で、バオバブプランテーション展示の疲れを癒すためにパスタを啜っていた。その日彼は、巨大なバオバブプランテーションを設置し、来場者に樹齢や環境問題との関連は特に無いことについて語り、台湾メディアからの突飛な質問に対しては独自の映画論に換え応じた。疲労で思考は半ば停止し、特殊照明のスイッチを押す指さえどこか緩慢だった。
そこに、ドアが派手に開いて冷たい夜風とともに、タンクトップ姿のクワヤマダくんが飛び込んできた。
「ダイラ先輩!やっぱりここにいましたか!」
「なんでお前が台湾にいるんだ……」
「それより聞いてくださいよ!」クワヤマダくんは大きな声で続ける。「ネットでまた『おじさんがパーカーを着るのは是か非か』論争が白熱してるんです!先輩、これどう思います?」
「……新作の映画のことで頭がいっぱいだ。服の話なんかしてる余裕はない。」
「いやいや、これ単なる服装の話じゃないんです!」クワヤマダくんは椅子を引き寄せるとドカッと座り、タンクトップから露わな肩を力説の勢いで上下させた。「これは文化の象徴です!社会の価値観がいかに逆転するかの縮図なんです!」
「何言ってるんだ……疲れてるんだ、頼むから静かにしてくれ。」
「先輩、ちょっと想像してくださいよ!」クワヤマダくんは目をキラキラさせて身を乗り出した。「もし未来で、スーツとパーカーの価値が逆転したらどうします?」
「は?」
「スーツが『リラックスウェア』扱いされて、パーカーが『フォーマル』になるんですよ!結婚式も葬式も、みんなが真っ白なパーカーで出席するんです。」
ダイラはフォークを止め、じっとクワヤマダくんを見つめた。
「お前、本気でそんなことを言ってるのか?」
「もちろんです!」彼は拳を握りしめた。「かつて、スーツは『働く人』の象徴だった。でもリモートワークが普及してスーツの需要は減少し、人々はパーカーを選ぶようになった。その結果、逆にパーカーに威厳が宿るんです。今やスーツは、ソファで寝っ転がるための服に成り下がる!」
そのとき、ダイラの目に浮かんだのは、未来の結婚式の光景だった。神父も新郎新婦も参列者も、全員がフードを被った真っ白なパーカー姿で厳かに誓いの言葉を交わしている。そして会場の片隅には、シャツを出し頭にネクタイを巻き付けリラックスしすぎてだらしなくソファに座るスーツ姿の男が一人……。
「ありえない……」ダイラは首を振った。「未来がそんなことになったら、俺はバオバブの根元に隠れて生きる。」
「でも考えてみてくださいよ、先輩!」クワヤマダくんはますます熱を帯びて話し続ける。「服の価値観が逆転するってことは、人間社会の価値観もどんどんひっくり返るってことです。僕みたいなタンクトップ派が正装扱いされる時代が来るかもしれない!」
「お前のタンクトップは単なる敏感肌のためだろうが!」
「違います!タンクトップは自由の象徴なんです!」
周囲の客が怪訝な顔をして振り返る。英語や台湾語で何かひそひそ話し始めたが、クワヤマダくんは一切気にしない。
そのとき、レストランの厨房から店主が現れた。彼はくたびれたスーツを着ていたが、突然にっこりと笑った。
「タンクトップ、フォーマルね!」ぎこちない日本語で言った。
クワヤマダくんはその言葉に感激し、立ち上がって声を張り上げた。「ほら!未来はもうここにあるんですよ、ダイラ先輩!」
「お前、台湾全土に変なメッセージを広めるな!」
しかし店主は続けた。「スーツ、楽な服。昔はスーツ、苦しいね。」
「ほら、見てください!ここにもスーツとパーカーの逆転の兆候が!」
ダイラはもう頭を抱えるしかなかった。「頼むから、このレストランで世界観を変えるな……」
その夜、ダイラの夢には、タンクトップを着たバオバブの木々が未来都市の中心で議論を交わす光景が現れ、彼の疲労はさらに深くなるのだった。
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