第437話 極悪同盟加入手続き
台湾料理屋の隅のテレビでは、女子プロレスの伝説的試合――ダンプ松本対長与千種の髪切りデスマッチが流れていた。リング上でダンプ松本が勝利し、ハサミを手に千種の髪を切るシーンが映る。観客の悲鳴と歓声が交錯するその瞬間、ダイラとクワヤマダくんは真剣な表情で画面を見つめていた。
「クワヤマダくん、この試合がどれだけ重要な意味を持っているか分かるか?」ダイラは東方美人茶入りカルピスを片手に語り始めた。
「なんでここまでダンプ松本さんはヒールに徹したんですか?」クワヤマダくんは首を傾げた。
「それは、千種を輝かせるためだ。」ダイラは画面を指差しながら続けた。「ダンプ松本は涙を飲んでヒールを演じた。フォークで千種を流血させる反則技も、髪を切る行為も、すべては千種をヒーローにするためのものだったんだ。」
「ヒールって、そんなに大事なんですね。でも、やる方はすごく辛いですよね?」クワヤマダくんは眉をひそめた。
「もちろんだ。ダンプ松本も試合のことを思い出すたびに涙が出ると言っている。千種とは同期で親友だからな。でも、ヒールがいなければ物語は成立しない。必要悪として憎まれることで、ヒーローの価値を引き立てる。それがヒールの役割だ。」
テレビ画面には、ダンプ松本が千種の髪をバリカンで刈る場面が映し出される。なぜかメキシコから呼ばれたレフリーもザクザク千種の髪切りをしている。アナウンサーは、このレフリーはそもそもダンプ松本の味方なのかと訝しげだった。観客の悲鳴、千種の毅然とした表情、そしてダンプ松本の複雑な心情が混ざり合い、リング全体が一つのドラマになっていた。
「でも、ダンプ松本さんもただの悪役じゃないですよね。」クワヤマダくんは考え込むように言った。「ヒールってヒーローを超えるスターだって先輩が言ってた意味が分かる気がします。」
「そうだ。ダンプ松本というヒールスターがいなければ、千種はただの強いレスラーで終わっていたかもしれない。でも、ヒールとしてのダンプがいたからこそ、千種は永遠のヒーローになれたんだ。」
クワヤマダくんは目を輝かせながら頷いた。「じゃあ、ヒールって物語を支える中心的な存在なんですね。」
ダイラは東方美人をおかわりしながら、頷いた。「その通り。そしてな、実はクワヤマダくん――お前にその役をやってもらいたいんだ。」
「えっ、僕がヒール役ですか!?」クワヤマダくんは目を丸くして驚いた。
「そうだ。このダイラ物語にもヒールが必要なんだよ。」ダイラは真剣な目でクワヤマダくんを見つめた。「お前が憎まれることで、俺たちの物語が輝く。お前にはその素質がある。」
「素質って……僕がヒールに向いてるってことですか?」クワヤマダくんは戸惑いながら聞いた。
「クワヤマダくんの存在感はこのダイラ物語にとって欠かせない武器だ。ヒールに徹することで読者にインパクトを与えるのは間違いない。」ダイラは自信満々に言い切った。
「それ、褒めてるんですか?」クワヤマダくんは苦笑したが、次第に考え込む表情になった。「でも、もし僕がヒール役をやることで物語のPVが上がるなら……やってみます!」
「その意気だ、クワヤマダくん。」ダイラは微笑みながら東方美人を一口飲んだ。「ヒールは単なる悪役じゃない。読者の心を揺さぶり、物語の核心に立つスターだ。その覚悟を持って挑むんだ。」
テレビには、ツーブロックに刈り上げられた髪でリングを去る千種の姿が映し出されていた。恐ろしさが強調された髪切りも、こっそりオシャレにカットしたのはダンプ松本の優しさだったのだろう。観客の声援を背に受けるその姿は、ヒールとヒーロー、そして二人が紡いだ物語の絆を示しているようだった。
「ダイラ先輩、僕も観客(読者)の心を揺さぶれる存在になりたいです。」クワヤマダくんは決意を込めて言った。
「お前ならできるさ。ただし、まずは自分を信じることだ。それでは極悪同盟加入の手続きを!」ダイラは眉間にシワを寄せ、手続き書をクワヤマダくんに渡した。
ヒールとしての覚悟を胸に、クワヤマダくんの新たな挑戦が始まろうとしていた。
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