第435話 大切なものは見えない
2070年、人工惑星ステーション「アストラ・オアシス」。サハラ砂漠のような荒涼とした外界を望む窓辺に、ダイラとクワヤマダくんが佇んでいる。二人の間には『星の王子さま』のボロボロになった一冊が置かれていた。
クワヤマダくん: 「なあダイラ、『大切なことは目に見えない』って言葉、覚えてるか?この本、昔読んだ時は何か深そうだなって思ったけど、今なら少しだけ分かる気がするよ。」
ダイラ: 「ああ、あの王子さまがキツネから学んだことだな。サハラ砂漠で一人の飛行士に出会って、孤独の中で語られた物語…。今の俺たちにぴったりの話かもな。」
クワヤマダくん、遠くを見つめながら: 「思い出すよ。2024年、PIAACの結果や、被団協がノーベル平和賞を取ったこと。世界中が、‘目に見える’数値や成果にばかり囚われていたけど、結局のところ、それで何を手にしたんだろうな?」
ダイラ、少し微笑んで: 「そうだな。日本のPIAACの点数がいくら世界一でも、本当に大切なものは測れやしない。あの王子さまだって、バラの価値を数字で測ったりしなかった。バラが特別だったのは、自分が世話をしたからだって言ってただろ?」
クワヤマダくん、頷きながら: 「うん。あれが分かるのに何十年もかかった気がする。俺たちの仕事だって、数字で評価される部分が多かったけど、記憶に残るのは、地道に人と向き合った瞬間ばかりだったな。」
ダイラ: 「あの被団協の平和賞もそうだ。核廃絶っていう大きな目標は、数字じゃ測れない。それを訴え続けた被爆者たちの覚悟や思いが、世界を動かしたのだろうな。」
クワヤマダくん、王子さまの本を手に取り、ページをめくりながら: 「キツネの話、覚えてるか?‘君がバラのために費やした時間が、君のバラを特別なものにした’って。あれが核兵器をなくそうとする人たちにも通じるよな。どれだけ時間がかかっても、その努力が大切なんだ。」
ダイラ、静かに本を閉じて: 「そして、それは俺たちにも通じる。あの台湾で展示した倒立的樹(バオバブプランテーション)を作った俺の曾祖父、市川平氏だって、水銀灯の光にどんな意味があるかなんて説明しなかった。ただ、光を見た人々が何かを感じれば、それでいいって思ってたんだ。」
クワヤマダくん、少し笑いながら: 「ダイラ、お前もあの王子さまみたいなもんだな。いろんな時代と現場を旅して、出会った人やモノを通して、何が大事かを問いかけてきた。」
ダイラ、少し照れながら: 「そうかもな。でも俺が旅してきたのは、他の星や現場じゃなくて、他人の心だと思うよ。お前だって、俺のバラのひとつだったんじゃないか?」
クワヤマダくん、苦笑いしながら: 「そんな照れること言うなよ。でも…まあ、そういうことにしておくか。」
外の荒涼とした風景に、かすかな光が差し込む。その光景を見ながら、二人は無言でコーヒーを飲み干した。『大切なことは目に見えない』という言葉が、静かにその場の空気を包み込んでいた。
未来は不確かで、数字や計画では測れないことが多い。しかし、心で感じ、手を差し伸べたことだけが、確かにその場に根を下ろしていく。そうバオバブの木のように。二人の語らいは、そんな確かな一瞬を未来に刻むようだった。
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