第407話 「美道」審査委員会のお仕事
2060年、日本で生まれた「美道(ビドウ)」があらゆる分野に取り入れられた未来。武道、花道、茶道といった伝統文化だけでなく、スポーツや芸術、さらには日常生活に至るまで、美しさが最重要視される社会。夜空を見上げながら、ダイラとクワヤマダくんはこの奇妙で壮大な未来について語り合っていた。
クワヤマダくん:
「ダイラ先輩、聞きました? この間、日本代表サッカーチームがワールドカップ決勝で勝ったのに、優勝を辞退したって。」
ダイラ:
「ああ、知ってる。美道委員会の美道基準にそぐわない勝ち方をしたからだろう? 確か、試合中のパスが『美しくない軌跡』を描いたとか。」
クワヤマダくん:
「そうなんです! ドリブルの角度が微妙に美道審査委員会の『黄金比』から外れてたらしくて。そんな理由で優勝辞退なんて、僕には理解できませんよ。」
ダイラ:
「君の言う通り、普通に考えたら理不尽だ。でも、日本人には特有の美的感覚がある。勝つだけでは足りない、勝利そのものが芸術でなければならない。とても興味深いね。」
クワヤマダくんは頭を抱えた。
クワヤマダくん:
「僕、サッカーに限らず、他の競技でも『美しく負ける』ことで勝利扱いされるの、ますます分かりません。たとえば、相撲でわざと優雅に押し出されて『美道優勝』って…。」
ダイラ:
「でも、それが美道の精神だろう。負け方にも美しさが必要。ほら、歴史を振り返ると、日本人は『切腹』という美学を持ってた。負けることをただの屈辱で終わらせず、芸術に昇華させる発想。今、それが競技にも応用されてる。」
クワヤマダくん:
「確かに…でも、ワールドカップを辞退したことに、他の国はどう思ったんでしょうね?」
ダイラ:
「『日本人は狂ってる』と思ったか、『次元が違う』と思ったか。もしかしたら両方だね。けど、ニュースで見ただろう? 日本に憧れて、美道を学びに来る外国人サッカー選手が後を絶たないって。」
クワヤマダくんは、スマホを取り出して画面を見せた。そこには、外国人サッカー選手たちが日本の茶道とダンスを混ぜた新しい練習方法に挑戦している動画が映っていた。寺でお経を唱え修行する選手もいた。
クワヤマダくん:
「こんな風にみんな影響されて…でも、美道って何なんですかね? 本当に勝つより大事なんでしょうか。」
ダイラ:
「『何が大事か』は人それぞれだ。けど、日本人の歴史を見ると、彼らはいつも効率や結果だけじゃなく、物事の形や意味を追求してきた。美道は、その究極の到達点だと思う。」
しばらく二人は静かに夜空を見上げた。やがて、クワヤマダくんがふと口を開く。
クワヤマダくん:
「じゃあ、先輩。もし僕たちがレスリング大会に出て、美しくない勝ち方をしてしまったらどうします? やっぱり優勝を辞退するんですか?」
ダイラ:
「そもそも君は試合中、相手の目にコッソリ鼻くそを投げて勝つタイプだろう?」
クワヤマダくん:
「それ、反則ですから! でも…美しく戦うって、実はすごく難しいことなんですね。」
ダイラ:
「難しいからこそ価値があるんだ。勝ちたいけど美しい勝ち方を踏まえて勝つ。負けそうになったら美しく負ける方法を模索する、しかし、それはわざとらしくてもダメ。絶対的にナチュラル。」
クワヤマダくん:
「じゃあ、僕らも美道の心を取り入れて、今日から美しく生きますかね?」
ダイラ:
「そうだね。まずは夜食のカップラーメンを、黄金比でお湯を注ぐところから始めようか。」
クワヤマダくん:
「僕はそれは得意ですから!」
二人の笑い声が草原に響く。2060年の未来は、混乱の中にも、どこか希望と美しさが輝いていた。
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