第375話 生き地獄の美学
「長すぎる人生とikigigoku・ikinaoshi・ikichigaiの美学」
令和時代には茂木健一郎の「ikigai(生きがい)」が世界中で注目された。しかし、寿命が180歳を超える未来社会では、そのシンプルな幸福論だけではもたない。代わりに、「ikigigoku(生き地獄)」と「ikinaoshi(生き直し)」という新しい概念、価値観が生まれていた。
この未来では、苦しみや飽きに立ち向かい、何度でも人生をやり直せることが「イケてる」生き方とされている。失敗や迷いも避ける必要はない。それどころか、人々は何度でも自分の過去を書き換え、新しい「自分」を作り出す自由を楽しんでいた。だが、たとえそんな世界でも、自分の居場所を見つけられず、「ikichigai(生き違い)」の中に生きる者もいた。
「もう作家は飽きた。次はサラリーマンだ。」
150歳を迎えたダイラは、脳チップを埋め込み、過去の記憶をリセットした。「営業部長に80年かけて昇進した」という新しい人生設定を手に入れた。会議室で次々と案件を片付けながら、彼は満足げに笑う。
「地獄に飛び込むのが好きって、どうかしてるよな。」
クワヤマダくんが笑いながら言うと、ダイラはその言葉に肩をすくめた。「でも、地獄にいるからこそ生きてる実感があるんだよな。」
ダイラは「ikigigoku」の達人として知られていた。あえて挑戦的な仕事や状況に身を置き、そこからどれだけ楽しみを見つけられるかを競うように生きていた。彼は、困難が次々と襲いかかる中で苦しむことが「生きがい」だと豪語する。睡眠時間が平均3時間でも、イケてるぜ!とニコニコしていた。
「例えば、これだ。」
ダイラは会社の会議室で山積みの未解決案件を見せる。「毎日、この量の仕事に追われてるんだが、正直言って最高にワクワクするよ。いかに速く処理できるか、自分との戦いだ。」
「会議って、こんなにエキサイティングだったんだな。」
隣で彼の話を聞いていたクワヤマダくんが尋ねる。「飽きたらまた作家に戻るの?」
ダイラはゆっくり首を振る。「いや、次は詐欺師まがいの弁護士とかなまぐさ僧侶も悪くないな。いっそ、天国の門を継いで門番になるのも面白いかも。」
180年生きる時代において、老年期の150歳から「天国の門磨き」が始まる。これは、残りの人生を振り返りながら、次の人生への準備を整える風習だ。
「残り30年は、次の門を開く準備期間さ。」
ダイラは微笑みながら、天国の門を磨くようなジェスチャーをしてみせる。
「それに、この30年は死んでる設定だから、死にながら働けるって、かなりイケてるよな。」
この時代では、「墓から出社」することが社会的ステータスになっているのだ。「只今、マイ墓地っからっす!これからオンライン会議始めまーす!」
一方のクワヤマダくんは、これまで10回以上「生き直し」を経験してきた。医者、画家、宇宙飛行士……そして今はプロボクサーとしてリングに立ち、毎日を戦いに捧げている。
「次はアイドルでもやってみようかな。老け顔アイドルって案外ウケるかもな。」
彼は冗談交じりにそう言い、これまでの人生を軽く手放す。
「人生なんて、飽きて当然。飽きるってことは、次のステップに進める合図だろ?」
ikichigai―「生き違い」を抱える者たち
どんなに自由に「生き直し」ができても、人々がすべてに満足するわけではない。ときには、自分の選んだ道が間違っていたと感じ、「生き違い」だと悟る瞬間もある。
「人生なんてさ、どこかで道を間違えるのが当たり前なんだよ。」
ダイラは夜空を見上げながらつぶやく。
「ikigaiが見つからなくても、それがikichigaiであればいいじゃないか。道に迷うこと自体が、人生の醍醐味なんだよ。人間はそれを楽しむ。」
彼の言葉にクワヤマダくんも頷く。「正しい道なんてないさ。間違い続けた先に面白いものが転がってる。」
「何度飽きても、死んでも、またやり直せるってのが最高だろ?」
ダイラは微笑む。「どうせ生き直せるんだから、どこまでだって挑戦できる。」
「じゃあ、次は総理大臣でもやってみるか?」
クワヤマダくんが挑発的に言うと、ダイラも笑いながら返す。「いいね。俺はその総理を倒す野党系ボクサーになるわ。」
星空の下、二人は天国の門へ向かって歩き出す。「門磨き」は彼らにとって、次なる冒険への準備であり、終わりなき旅の始まりでもあった。
「飽きても、道を間違えても、どうせまた生き直せるさ。」
「だな。次の地獄も、悪くない。」
彼らの長い人生は、星空の無数の光のように無限の可能性を秘めていた。ikigaiを見つけることにこだわらず、迷いながら進む――それが彼らの「ikichigai」の美学だった。
愛、飽き、そして次の一歩
どれだけ長い人生であっても、飽きることは避けられない。そして、飽きるたびに新たな一歩を踏み出す勇気が必要だ。
「飽きたって、また何か見つかるだろ?」
「そうさ。飽きることこそ、次の冒険の始まりなんだよ。」
二人の足音は、星のきらめきと共に未来へと響いていた。どんな地獄も、どんな生き違いも、彼らにとっては新たな冒険の一部にすぎないのだから。
「クワヤマダくん、こんな未来はどう思う?」とダイラはタイムワープしながら、問いかける。「ラーメンがずっと食えるなら、何でもいいっす!」だよな。
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