第373話 私はこれで人間辞めました
2200年の未来。灼熱の地球に降り立ったダイラとクワヤマダくん。だが、彼らを迎えたのは無人の大地と、焼けるような陽光。そしてオーロラのように揺らめく異様な空だった。地上に人影はなく、ただ小さなカプセルがあちこちに転がっている。
「おい、誰もいないじゃん。温暖化がやべぇって聞いてたけど、これは予想以上だな。」クワヤマダくんが呆れたように言う。
「いや、人間が消えたんじゃない。人間を辞めたんだよ。」ダイラが無表情に答える。
「私はこれで人間を辞めました」
地球があまりに暑くなり、AIが世界を支配するようになったこの時代、多くの人々は生きる苦しさに耐えかねて、人間を辞める選択をした。街中には「私はこれ(AI)で人間を辞めました」という宣伝文句が溢れていた。
「人間辞めるって、どういうこと?」クワヤマダくんが疑問の声をあげる。
「大きく分けて2種類あるんだ。」とダイラが説明する。「半人間と失人間だよ。」
半人間は、自分の脳と体をAIに一部委ね、仮想と現実を行き来しながら生きる者たちだ。半分だけ人間として残り、必要な時だけ感情や意識をオンにする。彼らの心はもはやコントロールされたも同然で、生きることの辛さをAIが代わりに引き受けている。
一方、失人間は完全にAIの世界に移行し、仮想現実の中に引きこもった者たちだ。彼らの肉体は地上に残され、小さなカプセルの中で冷凍保存されている。失人間に与えられた世界は、なんと仮想昭和時代だった。
「なんで昭和なんだ?」とクワヤマダくんが首をかしげる。「そんな時代が良かったのか?」
「そうらしいよ。」ダイラはカプセルの中を覗き込みながら言った。「昭和の人間臭さに浸りながら生きたい人が多かったんだ。リアルの苦しさから逃れるには、過去の方がちょうど良かったんだろうな。」
小さなカプセルの中では、失人間たちが仮想の昭和の街角で暮らしている。公衆電話の前で立ち話をする人、銭湯でくつろぐ人、古い喫茶店でナポリタンを食べる人。全てが昭和の理想の姿に作り込まれていた。
「なんだか哀れだな……。」クワヤマダくんは肩を落とした。「結局、未来が無理なら、過去に逃げ込むってわけか。」
ダイラは目を細めた。「でもさ、人間ってそんなもんだろ?今を生きるのが一番しんどいんだよ。」
その時、クワヤマダくんの足元にあったカプセルが突然揺れ、小さな警報音が鳴り響いた。昭和の喫茶店から現れたミニサイズの人々が、「怪物だ!怪物が来たぞ!」と叫びながら攻撃を仕掛けてきた。
「おいおい、またこれかよ!」とクワヤマダくんが叫ぶ。クワヤマダくんはさっき、このミニサイズの人間たちが入ったカプセルを踏みつぶしたばかりだった。
失人間たちが操作する小さなドローンや豆粒レーザーが2人に向かって放たれたが、やはり効果はない。クワヤマダくんは思わず、そのカプセルを軽く蹴ってしまった。
**カプセルは転がり、仮想昭和世界が一瞬で崩壊した。**失人間たちは仮想の中で取り乱し、「電車が止まった!銭湯が爆発した!」と大騒ぎになった。
「うわ、またやっちゃった……。」クワヤマダくんが申し訳なさそうに言う。
「ま、そもそも仮想なんだから、もう一度リセットすりゃいいだろ。」ダイラは笑って肩をすくめた。「現実なんて、どうせ全部やり直し可能なゲームみたいなもんだしさ。」
ダイラは空を見上げ、オーロラの光が揺れる空の向こうに思いを馳せる。「結局さ、人間は何を求めてるんだろうな?現実に苦しんで、仮想に逃げて、それで満足できるのか?」
「たぶん、満足なんてできねぇんだよ。」クワヤマダくんが答える。「人間ってのは、どこにいても何かが足りないんだ。地球にいても、火星に行っても、AIに支配されても……結局、完全な幸福なんて手に入らないんだろうな。」
「そうかもな。」ダイラはしみじみと言った。「でも、それでも人間は生きようとする。どれだけ人間を辞めたって、どこかでまだ人間らしさを捨てきれないんだ。」
2人はタイムホールに足を踏み入れ、元の時代に戻る準備をした。仮想昭和での一件も、灼熱の未来の経験も、彼らにとっては一時の冒険に過ぎない。
ホールが開く瞬間、クワヤマダくんがふと思いついたように言った。「なあ、次はもっと涼しい時代に行こうぜ。縄文時代とかどうよ?」
ダイラは笑いながら答えた。「いいな。それか、未来のAIに頼んで仮想令和とか作らせてみるか?」
2人は軽口を叩き合いながら、再び時空の狭間へと飛び込んでいった。
仮想世界に逃げ込み、人間を辞めた未来の人々。それでも彼らが追い求めていたのは、どこかにあるはずの「楽な生き方」だった。しかし、どれだけ技術が進歩しても、どれだけ過去に戻っても、人間の本質は変わらない。
それが、2200年の灼熱の未来が彼らに教えてくれた真実だった。
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