第372話 天下の大祭スペース御柱!

クボタは地元では「諏訪のイーロン・マスク」として有名だ。宇宙ビジネスに手を出しては爆笑ものの計画を次々と打ち出すが、今回はその中でも群を抜いたアイデアを持ち込んできた。


「御柱を気落とし坂から転がすだけじゃ、時代遅れだっべ?」彼は真顔で言った。「次は宇宙から御柱を戻すんだ。」


「はぁ?」と、ダイラは眉をひそめる。「お前、意味わかって言ってるか?」


「意味?そんなもん後付けだろ!イーロンだってやってる。」クボタは腕を組む。「昔だってさ、足長の神様が本当にいたか誰も知らないだろ?でも、いまだに拝むんだ。なら、宇宙から帰ってきた御柱も、それなりに神聖に見えるさ。」


ダイラは呆れ顔だが、クワヤマダくんは目を輝かせる。「つまり、地元の伝統を宇宙規模に拡張するってわけだな。世界初の**『宇宙御柱祭』**か!宇宙の大祭ってわけか!」


その頃、太陽では異常なフレア爆発が連続して発生していた。これが原因で地球の磁場が狂い、なんと日中にもオーロラが現れるようになった。青い空に虹色の光がうねり、目を奪われた人々は、しばし日常の不安も忘れて空を見上げていた。


「今しかない。」とクボタは言う。「太陽フレアとオーロラの祝福を受けて、御柱を打ち上げるんだ!」


「宇宙船じゃなくてただの大木だろ!」ダイラは呆れた口調で言ったが、どこか興味を惹かれているのも確かだった。


「バカでなきゃ、イノベーションは生まれねえよ。」クボタは笑う。「宇宙に放たれた御柱は『お箸箱』と呼ばれるカプセルで地球に帰還する。諏訪の氏子たちはその御柱を、まるで神の遺産かのように迎え入れるってわけさ。」


「帰ってくるかどうかもわからないくせに?」とクワヤマダくん。


「神様のご加護があるからな。足長の神様にだって頼んどいた。」クボタはウィンクする。


ついに、オーロラに包まれる中、御柱は宇宙へ打ち上げられた。万事が万事、うまくいくわけもない。磁場が狂っていたせいで、御柱は想定外の軌道を描きながら宇宙空間に消えていった。


「これ、もう帰ってこねえんじゃないか?」ダイラは腕を組んで言った。


「まぁ、御柱なんて本来、転がして終わりだしな。大気圏を超えた分、やりすぎただけだ。」クボタは悪びれる様子もない。


数時間後、月のカフェで彼らが談笑していると、不意に店内のスクリーンが映し出す地球の映像に変化があった。御柱がオーロラに包まれて再突入してきたのだ!


「うおっ、ほんとに戻ってきた!」クワヤマダくんが興奮して叫んだ。


御柱は、まるで神々に祝福されたかのように光りながら、ゆっくりと大地に降り立った。その姿に、諏訪の人々は感嘆し、涙を流しながら御柱に群がった。


「見ろよ。」クボタは自信満々だ。「宇宙から戻ってきた御柱ってだけで、これから数千年語り継がれるぜ。昔の万治の石仏だって、ただの石ころがたまたま立派に見えただけかもしれねえだろ?でも今や神聖なもんだ。御柱もそのうちそうなるさ。」


「結局、人間は意味のないことを神聖視する生き物なんだな。」ダイラはコーヒーをすすりながら呟く。


「意味がないからこそ、意味があるんだよ。」クワヤマダくんは笑顔を浮かべた。「次はどこに御柱を飛ばそう?木星まで行くか?」


「いやいや、やっぱり土星の輪っかの上だろ?」クボタはノリノリだ。「土星の輪御柱計画、どうだ?」


平さんが静かに口を開いた。「宇宙を目指すのもいいが、最後にはいつも家事と洗濯が待ってるんだ。それが人間さ。」


オーロラの光に包まれた御柱を背景に、彼らの話は尽きることがなかった。哲学的な問いと無謀な夢が交差するこの場は、地球と宇宙、過去と未来、無意味と神聖が渾然一体となる、壮大な茶番劇の舞台だったのだ。


そして誰もが思った。人間とは、やはり無駄なことに命を懸ける生き物なのだ、と。

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