ドームのないダイラ

第361話 クーリングなワクワクタワー

モガミは、ハリウッドの街中セットの撮影現場で、不思議な物体に目を奪われていた。その物体は一見、古びたランタンのように見えたが、彼の直感が「これはただのオブジェじゃない」と囁いた。クワヤマダくんとスティーブ・ジョブズが後ろで達磨のように瞑想しているのが視界の隅に入る。だがモガミの心は完全に、この奇妙な輝きを放つ物体に引き寄せられていた。


無数の光がその物体から漏れ出し、空間そのものが歪んでいるように感じられた。「まさか、これは…俺が乗ってきたタイムマシン?帰れるのか?」モガミの足は勝手にその輝きへと向かっていた。その時、ダイラが叫んだ。「近づくな!それは平さんが若い頃に作ったクーリングタワーズの改造版だ!あれに近づくと、やばいことになる!」だが、時すでに遅し。モガミは光に飲み込まれ、跡形もなく消えてしまった。


トイレから戻った平さんは、その光景を目にして深い溜息をついた。「またか…あのクーリングタワーは、人をクリーンにしてしまうんだ。ついでに、過去にタイムスリップさせるおまけ付きでな。」


目を覚ますと、モガミは昭和時代の自分のアトリエにいた。キャンバスに向かい、若かりし日の自分が燃え盛るような情熱で作品を作り続けている姿を、まるで夢の中のように眺めた。だが、一つだけ奇妙なことがあった。モガミの脳内には、あれほど創造力に満ち溢れていたはずのアイデアが、まるで乾ききった井戸のように何も湧いてこなかったのだ。


「横浜に設置する記念オブジェのアイデアが浮かばない…」モガミは戸惑った。いつもなら無数のアイデアが頭の中を駆け巡るはずなのに、今回は違った。それもそのはず、彼は「クリーン」にされてしまっていたのだ。ついでにお気に入りの髭も失った。クリエイティブなカオスや、感情のうねり、混乱といったものが全て消え去ってしまった。だが、彼の視界にはまだ、タイムスリップの際に見たあの光景が焼き付いていた。


「そうだ、あの光を形にするしかない…」その瞬間、モガミはひらめいた。過去の自分が持っていた混沌とは異なるが、今の彼には未来から得たものがあった。ジェットコースターのように、時間と空間を超えて経験したものを形にする。それは、新しい挑戦だった。


やがてモガミが作り上げたオブジェは、まるでジェットコースターのようにねじれ、曲がりくねっていた。鋼鉄のフレームが空中に浮かぶかのように配置され、見る者を圧倒する曲線美を誇っていた。観客はそのデザインに魅了され、「これはまるで時空のジェットコースターだ」とささやき合った。夜になると、オブジェの表面には無数の光の粒が反射し、まるで星空の中を駆け抜けるような幻想的な風景を作り出していた。


しかし、その作品には深い哲学的な問いが隠されていた。「我々は何者なのか?時間と空間の流れに身を任せるだけの存在なのか?」モガミ自身が抱いた疑問だった。だが、誰もその背景に気づかない。ただ「おもろい」や「不思議だ」という感想が飛び交うばかりだった。モガミは思わず笑ってしまった。「そうだ、僕は時間の波に飲み込まれたんだ。でもそれでいい。人は皆、波に漂うだけの存在なのだから。」


彼のオブジェは「時空のジェットコースター」と呼ばれ、横浜の新しいシンボルとなった。しかし、モガミはそれ以上の何かを知っていた。自らがタイムスリップの経験を形にしたこと。あの平さんの改造クーリングタワーズがすべての発端だったこと。そして、自分自身がどこまで「クリーン」になってしまったのかという疑問…。


モガミは創作を続けながらも、次第に自身がクリアすぎることに気づき始めた。かつての混乱した創造力や情熱が失われつつあることに、微かな焦りを感じていた。しかし、彼は選んだのだ。自らの作品を通じて、時間の旅を形にすることで、まだ見ぬ未来へと挑戦し続けることを。


「人生も、ジェットコースターだ。どこに向かうかなんて、誰にも分からないさ。」モガミはそう呟くと、次の作品のためにスケッチを描き始めた。


そして、その日もまた、宇宙の光が彼の心を照らしていた。

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