第326話 「ハウス栽培」看板娘と狂気

クワヤマダくん「ダイラさん、ついに行ってきましたよ!市川平さんの個展。アレはもう、ただの展示じゃなくて…何か次元の裂け目にでも迷い込んだ気分でしたよ。」


ダイラ「そうだろう?群馬県東吾妻にあんな素敵な場所が隠れているとは思わなかったでしょ。ギャラリー&カフェnew roll、いろんな動物や架空の鳥獣の存在感をねじねじの銅線で造形し一世風靡中の西島さんが主宰している空間なんだ。すでに物理法則が怪しいけどね。ちなみに、西島さんはいつでもどこでも銅線を巻いているらしく、制作が生活の一部となっている稀有で傑出した方だ。」


クワヤマダくん「物理法則どころか、現実そのものがねじれてる気がしましたよ。marumaruカフェのお姉さんも…なんて言うか、現実感が薄いくらいに素敵で。」


ダイラ「実はうちのハウスで栽培した看板娘なんだ。完全オーガニック、バオバブの木と一緒に育て上げた自家製だよ。」


クワヤマダくん「なるほど、だからか!市川さんの作品と並んで、コーヒーを飲んでるだけなのに、妙に異世界に引き込まれる感覚…。あの~ハウス栽培、僕にもくださいよ!成長した看板娘をください!」


ダイラ「看板娘さんも作品の一部だからそれはできないよ。でも、あの空間はまさに“成長”させるハウスだからね。外観は普通の民家だけど、入った瞬間、現実の構造が崩れていくのを感じるでしょ?あそこは、いわば感性を栽培するための実験場なんだ。」


クワヤマダくん「感性栽培…深いですね。市川さんの作品もそういう実験の延長なんでしょうか?でもあんなに貴重なものまで販売していいんですか?歴史の断片そのものを。」


ダイラ「1992年のDMまで売っちゃうなんて、ファンにはたまらないだろうね。市川さんの作品って、ただのアートじゃなくて、その人間そのものを切り取った歴史のカケラみたいなものだよ。それを所有できるってのは、ある意味、時間を所有することでもある。」


クワヤマダくん「そう考えると、時間すらもねじれてる気がしてきましたよ。看板娘さんが市川さんと話していると時間の感覚が消失するって言っていました。そうそう、あの立体作品の値札を探したんですけど、西島さんと看板娘さんと一緒に見ても、どこにも見当たらなくて。」


ダイラ「実は外の壁に貼ってあるんだよ。“家ごと売っちゃえ”ってね。つまり、その空間全体が作品なんだ。もはや作品はモノとして売られるものじゃなく、存在そのものを提示している。気づいてた?」


クワヤマダくん「はは、家ごと食っちゃうなんて、本当に《《ハウス》(1977年)》のオマージュですよね?いや、むしろそれを超えて、現実を丸ごと飲み込むSFホラーの世界観ですよ。」


ダイラ「そう、2階に行けばもっと奇妙だよ。SFとホラーの境界が曖昧で、次元がずれたような感覚。市川さんの世界って、感性を拡張させて、最終的にはその感性を丸ごと飲み込むんだ。過去のインタビューやチラシを読むと、その狂気に触れられるよ。」


クワヤマダくん「何だか僕、自分がどこにいるのか分からなくなってきましたよ…。もしかしたら、僕の感性もそのハウスに飲み込まれて、気づかないうちに食べられちゃったかも。」


ダイラ「そう、あの空間では“自分”という存在も栽培され、最後には“食われる”運命なんだ。それが市川さんの真のメッセージかもしれないね。自己を育て、自己を消費する狂気。それこそ人間の本質かもよ?」


クワヤマダくん「うわぁ、考えれば考えるほど怖くなってきました。やっぱり市川さんはホラーの巨匠ですね。感性まで喰らうアーティストだ…。」


ダイラ「きゃはは!それで噂なんだけど、来年の中之条アートフェスティバルで、クワヤマダくんと市川さんがコラボするって話が出てるんだよ。」


クワヤマダくん「本気ですか!?じゃあ僕、感性を食い合う準備しないと…!」



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