第238話 エイプリルミキサー

 春休みになると、祖父の本家がある、富山県黒部市入善町から巨大な謎の物体が送られてきた。


 ダイラは父親が自宅の庭につくってくれた、ジップラインのような遊具「ヤッフォイ」という名前で呼んでいた2階建ての屋根からワイヤーをつたって庭の池にダイブする遊びに明け暮れていた。遊び疲れると、雲の形を変える消しゴムを使って、空を眺めては雲の形を自由に変えながら、気が付くと眠っていた。


 ヤッフォイをしにやってきた友だちからは、こんな奇妙な物体は見たことがないと言われ、ダイラにとってはどこか誇らしげに感じていた。


 謎の物体を食べながら、謎の物体の破片がばら撒かれた路上にスプーンですくった謎の液体を垂らしながら曼荼羅を描き合うのが、友だちとの秘密の遊びとなった。


 謎の物体、消しゴム雲、謎の液体で描かれた曼荼羅は、ダイラの幼少期の脳裏に焼き付いた。



 祖父はNASAで宇宙飛行士をしていた。宇宙での生活が長く、帰還を迎えるまで地球上の人々から忘れ去られるほどだった。


 宇宙飛行士に必要な技術や装置には、宇宙空間で生きるために必要な特殊な素材が使われていた。


「特殊な素材は偉いぞ!宇宙生活を快適にするために作られたんだかりゃ。どんな状況にだって耐えられるんじゃ。特殊な素材は宇宙にいると、ピカピカ輝くんじゃ。特殊な素材は地上で一回使うともう使えないんよろ。これが未来の象徴だ。わしは、特殊な素材で宇宙で生き抜いた。」と祖父は語っていた。


 ダイラは祖父言っていることが理解できなかったが、祖父が昔話をするとき、宇宙船内特殊用語と日本語が少しばかりミックスしていたいておかしかった。


 祖父の言葉を理解するには、幼いダイラには難しかったが、特殊な素材は地球上で一回使ったらもう使えないというフレーズはその後も胸に残り続けていた。宇宙と地球上では時間の流れが違い、祖父の実年齢は80歳を越えていたが、心身共に20歳の若者のような風貌だった。地球にいると錆びるから早く宇宙に戻りたいが口癖だった。


 ダイラは、祖父と話をした後は、頭の中が宇宙空間のイメージでいっぱいになることが多かった。

「自分が生きている世界はどう作られているのだろうか?使えなくなる素材って何だろう?」


 ダイラは、眠れずに考え込んでいるうちに、突然目の前に現れたのノストラダムスの着ぐるみに驚いた。


「おおっ!何だこれは?」ダイラは声を上げた。


すると、着ぐるみの中から、祖父の声が聞こえてきた。


「おい、ダイラ。こんな時間に何をしているんだ。」


 ダイラは目を疑ったが、確かに祖父の声だった。あれはノストラダムスだったのか、ゾンビの衣装だったのか・・・。


 ダイラは夜中に突然目を覚ますと、宇宙空間のイメージが頭の中を駆け巡っていた。祖父の話に耳を傾けて以来、宇宙について考えることが多くなっていた。


「どうしてもわからないことがあるんだけど、じいちゃんに聞いたら答えてくれるかな?」ダイラは自問自答しながら、じいちゃんの家に向かって歩き始めた。


 家に着くと、祖父は庭で大きなプラスチック製の容器に水を入れていた。


「おっ、ダイラか。元気そうだな。何か用か?」祖父はダイラを見上げて言った。


「宇宙について、質問があるんだけど、答えてくれる?」ダイラは祖父に尋ねた。


「おお!いいぞ」祖父は興味津々の様子でダイラの瞳を見つめた。


「宇宙飛行士が使う特殊な素材って、何でできているんですか?地球上で使ったら使えなくなるって、どういうことですか?」ダイラは疑問をぶつけた。


 祖父はしばらく黙り込み、考え込んでいるようだった。そして、やがて口を開いた。


「それはな、宇宙空間において、生命を維持するために必要なものが地球上では十分に機能しないからだ。だから、宇宙船や宇宙服、その他の装備品には、宇宙空間で生き抜くための特殊な素材が使われているんだ。それらの素材は、地球上で使うことはできても、長期間宇宙空間に放置すると劣化してしまう。それで、使ったら使えなくなるということさ。」祖父はダイラに説明した。


「なるほど、そういうことなんですね。でも、どうして地球上では十分に機能しないんですか?」ダイラはますます興味を持って尋ねた。


「それは、宇宙空間には、放射線や微小隕石、宇宙塵など、地球上ではほとんど存在しないものが多数存在するからだ。」


 ダイラは父親の声で目を覚ました。父親は、「おはよう、ダイラ。もう起きているのか。昨日は楽しかったかい?」と尋ねた。父親は、ダイラが昨日の謎の物体を食べたことを知って、心配そうな表情をした。


「ダイラ、もし何かおかしくなったらすぐに言ってね。」と父親は言った。


 ダイラは、「大丈夫です。私、宇宙人になりたいんです。」と答えた。


 父親は笑って、「そうか、宇宙人か。でも、まずは地球人として健康で元気に過ごすことが大切だよ。」と言った。


 ダイラは、父親の言葉に頷いた。宇宙はまだまだ謎に包まれている世界だけれど、ダイラは祖父の話を聞いて、宇宙に興味を持っていた。そして、いつか自分も宇宙を旅することを夢見ていた。


「でも、パパ。じいちゃんが宇宙で使われる特殊な素材のことを話していたんですよ。それって、本当にあるんでしょうか?」とダイラは尋ねた。


 父親は、「特殊な素材って、宇宙船の中で使われるものだよ。宇宙空間で生きるためにが使われているんだ。たとえば、軍事技術や医療技術など、高度な分野では特殊な素材が必要な場合があるんだ。」と説明した。


 ダイラは、父親の話の中に出てきた特殊な光源というワードにひっかかった。父親は特殊な素材とすぐに言い直したが・・。ダイラが特殊な光源の世界に導かれた瞬間だったのかもしれない。そして、自分が将来宇宙人になれるように、特殊な光源を探す人生が始まった。


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