第235話 ドームのないプラネタリウム2

「ダイラ物語第1話読んだ?」


「うん。ダイラさんに読めって言われてさっき読んだよ。」


「1986年の時代の雰囲気は何となくつかめたけど、チーズクッキーは一体どういうメタファーなんだろうか。」


「何だろうね。小さな穴から夜空を見つめることが、ブレイクスルーに繋がるのかなぁ。」


「小さな穴と言えば、今日の授業は面白かったね。あの作品、すごく好きだったよ。」


「どれ?あの白いキャンバスに黒い点が一つだけあるやつ?」


「そうそう。あれはすごく深い意味があるんだよ。黒い点は人間の存在を象徴していて、白いキャンバスは無限の可能性を表しているんだ。」


「 え?それだけ?それってただの点じゃない?」


「それってあなたの感想ですよね?みたいに言わないで。ただの点じゃないよ。それが現代美術の魅力なんだよ。見る人によって解釈が違うし、自分の感性や想像力を働かせることができるんだ。」


「そうかなぁ。私はあれじゃ感動しないなぁ。私はもっと具体的でリアルな作品が好きだよ。例えばあそこにある彫刻とかさ。」


「あれ?あれはただの人体じゃない?」


「ただの人体じゃないよ。あれは人間の苦悩や葛藤を表現しているんだよ。顔や体に傷がついているし、目も口も塞がれているし、痛々しいでしょ。」


「うーん。私はあれじゃ暗すぎるし、不快だなぁ。私はもっと明るくて楽しい作品が好きだよ。」


「そうかなぁ。私はあれこそ現代社会の問題を突きつけられていると思うよ。美術ってそういうものじゃないの?」


「美術ってそういうものじゃないよ。美術って自由で楽しいものだよ。それに現代社会の問題って何?私たちは幸せに暮らしてるじゃない。」


「幸せに暮らしてる?本当に?戦争や貧困や差別や環境破壊やコロナウイルスや…色々な問題があるじゃない。」


「そういう問題は私たちに関係ないよ。私たちは美大生だよ。美術を学んで楽しく生きてるんだから。」


「関係ない?関係あるよ。私たちは社会の一員だよ。」


「美術を学んでるからこそ、社会の問題に目を向けなきゃいけないと思うよ。美術は社会と切り離せないものだよ。」


「そんなことないよ。美術は個人の表現だよ。社会と関係なくてもいいんだよ。」


「でもさ、美術って誰かに見てもらうものでしょ。見てもらうってことは、コミュニケーションをとるってことだよ。コミュニケーションをとるってことは、社会と関わるってことだよ。ダイラさんも1話の中で、社会と自分との関係性を問うていたじゃない。」


「そんなこと言ったら、何でも社会と関わるってことになるじゃない。美術は自分のためにやるものだよ。他人の目なんて気にしなくていいんだよ。」


「自分のためにやるもの?じゃあ、あなたは卒業後どうするつもり?美術で食べていけるの?」


「食べていけるかどうかは関係ないよ。私は美術が好きだからやってるんだよ。お金や名声なんて求めてないよ。」


「そういうのは現実的じゃないよ。私は美術で生きていきたいから、社会に必要とされる作品をつくりたいんだよ。お金や名声も欲しいし、影響力も欲しいよ。」


「影響力?あなたは自分の作品で何を伝えたいの?何を変えたいの?」


「私は…私は自分の感性や価値観を伝えたいの。」


「それって自己満足じゃない?他人にとってどうでもいいことを伝えても意味がないよ。自己顕示欲の膨張が目に浮かぶわ。」


「そんなことないよ!自分の感性や価値観は他人にとっても大切なことだよ。それが多様性や個性を生み出すんだよ。」


「多様性や個性?それってただの言葉じゃない?あなたが言う多様性や個性は具体的に何なの?本当に必要なのは共通の理解や共感だよ。」


「共通の理解や共感って、誰が決めるの?あなたは自分の考えに固執して、他人の考えを否定してるよ。」


「そんなことないよ。私は他人の考えを尊重してるよ。でも、私は私の考えを曲げたくないんだよ。」


「じゃあ、私たちは永遠に意見が合わないね。私たちは違う世界に住んでるんだね。」


「そうかもしれないね。私たちは違う世界に住んでるんだね。」


「ひょっとして、それが多様性ってこと?」


「別世界に住んでいることを認め合う必要があるってこと?」


「世界中の情報を大量に知ることができる私たちは、混乱しているのかもしれない。」


「情報過多は、自分の立ち位置が分からなくなり不安定になる。だから人々は自分の都合のいいように世界を解釈して、納得しながら早く寝ようとしている。」


「ダイラさんは多様な世界観を持ちながらも、抽象でも具象でもない立ち位置を見つけようとしているように読み取れたよ。」


「光に集まり乱舞する虫や人間を宇宙から眺めるように見ていたんだね。」


「ドームのないプラネタリウムはダイラさんの人間観そのものなのかもしれない。」




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