第228話 孤独の谷のバオバブ

「彫刻って孤独の最たるものですよね。」


「急にどうした?大丈夫?」


「だって、ペラペラのハリボテですもの。」


「あぁ。そういうタイトルの本がどこかの美大から出版されたっけ?ペラペラの彫刻がどうして孤独につながるの?」


「自分の感性なんか誰からも理解されるはずがないと、中二病やメンヘラになるのは、反抗期と同様、ほぼ誰にでも訪れる行事みたいなものですが、孤独の谷に本気で落ちた人はやはりハリボテをつくる。」


「なぜハリボテ?例えがよいのか分かりませんが、形をつくっても中身は空洞ってことの比喩かしら。」


「中身を詰め込んだ途端に嘘になるから。」


「彫刻家は嘘がつけない。自分の中にある孤独空間に気が付いた人たちだから、中身を詰め込んだ瞬間虚構になる。」


「彫刻は孤独空間を誰かと共有したいと思っているのかな?」


「それは違うな。孤独は個人に与えられた命題なので共有はあり得ない。」


「自分が感じていることを誰かと共有するなんて不可能だし、共有したからといって孤独が解決するとも思えない。毎日一緒にいる家族とだって、どう足掻いても細部は分かり合えないもの。」


「最近勢いづいているAIにと聞いてみたら?」


「根本的な解決策は教えてくれないよ。AIはそこまで哲学的な思考はできない。AIは考えている訳でなく、考えているように思わせる文字をそれらしく羅列するだけだから。」


「AIはそれらしく答えるところに凄さと驚異があるけど、孤独を纏えないジレンマを抱えている。」


「人間がもつ寂しさは、AIには理解できないだろうな。孤独をどうすることもできない本当の怖さを人間は知ってしまった。」


「彫刻の作者と鑑賞者の間に共感は厳密にはあり得ない。孤独の塔ともいうべき彫刻は、人間の深い闇を提示している。お互い孤独であるということを再確認するだけなのだろうか。」


「目の前に美しい銀河があるけど、半永久的にその銀河に近づくことや交わることができない、お互いに分かり合うことが不可能であると知ったときの絶望感に似ているのかもしれない。」


「人間って厄介な生き物だわ。多分、空洞の中にも更なる空洞をこしらえていると見た。孤独すらエンタメにする能力には感服する。」


「絶望の中の絶望みたいな?」


「それが人間のもつ業なのかもしれない。掘っても掘っても底が深くなるのは人間だけだろうね。心に宇宙(闇)を抱えているパラドックス。」


「彫刻とは、孤独の深さを演出する皮のようなものとも言えますね。」


「君、ダイラさんのバオバブプランテーションを見た?」


「はい、銀河をみたときに感じる美しさと深い孤独を兼ね備えているように感じました。」


「私達人間の孤独を体現しているとも言えるよね。」


「あのバオバブの空洞の中には底知れぬ空間が大きな口を開けている気がしてゾッとした。」


「あの美しさと冷たさと深さが同居する空洞に引きこまれる人が続出するのも分かる。あの鉄の河の内側を想像すると、自分の儚い孤独が打ち解けて小さな穴に吸収されるような気がする。」


「炎に群がる虫たちが消失するエクスタシー?」


「自分の存在がホログラフィーとして処理されるブラックホールのようかな。」


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