第194話 ビワコB滞在記④~100匹目の猿~

「ダイラさん、一〇周年目を迎えたビワコビエンナーレも今日が最終日ですね。」


「それにしても、一〇周年とは凄いよね。二〇年前にはこんなに大規模なビエンナーレになるとは予想できなかったからね。総合プロデューサー中田さんの行動力と企画力の偉大さを感じるよ。」


「二〇年前には日本各地で芸術祭はそれ程無かったと思います。中田さんの先見の明は100匹目の猿を生み出しましたね。」


「101匹ワンちゃん?」


「犬じゃなくて猿です。初めてイモ洗いをした猿を真似た猿が同集団で100匹を超えると、遠く離れた猿集団にも伝播してイモ洗いを始めるという学説に基づいた話ですよ。」


「ビワコビエンナーレの功績が日本各地で広がり芸術祭ブームだものね。そう言えば、長野県の知り合いが、琵琶湖ビエンナーレに影響されて諏訪湖ビエンナーレをやりたいなぁと言っていた。クワヤマダくんの言う、100匹目の猿ってそういうことでしょ。」


「湖の畔ならどこでもいいんじゃないですか。過疎化が進む地方に人を集めるためには、アートの力は絶大だと思いますよ。」


「何だかんだ言って、アートが好きな人が増えているもんね。しかも目が肥えていて質が高く面白い芸術祭があるとSNSで一気に広まる。ビワコビエンナーレもどこもかしこも人がたくさんいたよ。人気のある芸術祭であることは間違いないね。」


「ダイラさん、僕は様々な展覧会をチェックしているので、ひとこと言わせてもらっていいですか?」


「あぁ。どうぞ。」


「今回のテーマでもあるについてですが、作品を観れば見る程、何が起原かが分からなくなりました。山の湯にあった大きな赤ちゃんは人間の起源です。ダイラさんのクーリングタワーズはダイラさんの作家としてのスタートを切った起源でもあります。日本家屋の陰翳礼讃を生かした展示や特殊光源で視覚や触覚に訴えかける作品群に出会うたびに、宇宙空間に放り込まれた感じがして、出てくる答えは結局分からないでした。」


「人間の五感で捉えられるものを今までのアートとするなら、ビワコビエンナーレの作品群はプラスαの感性に気付く場なのかもしれないね。デジタルネイチャーという落合陽一さんの造語があるけど、計算機と自然が生み出す世界観に日々埋没している僕らには、それを再認識する場があってもいいよね。自らの生活環境を一度俯瞰することで見えてくる新たな気付きが、自身の起源に変容していくんじゃないかな。」


「起源は一つではないということですか?」


「起源は多様化しているし日々変容していく。移動式特殊照明が織りなす世界は正に無常の世界観であり、同じことが続くことはあり得ないわけで、ビワコビエンナーレは変わり続けるものに美を見出す時間と場なのかもしれない。」


「答えを求めてはいけませんね。琵琶湖の畔で生まれた感性から自分なりの起源に気付くことがこの展覧会の意義でしょうか。」


「それも自由だよね。この自由度の高さが100匹目の猿を生み出したと思うよ。」


「敏腕プロデューサーの中田さんの懐の広さは、琵琶湖を凌ぐものがありますね。」


「他国では殺戮が平然と行われている。自由と平和を謳う芸術祭はきっとこれから大きな意味をもつと思んだ。人類にはアートが必要なことは間違いないからね。」


「ダイラさん、そろそろ搬出の作業でしょうか。あっ、またお腹が痛くなってきた。」


「クワヤマダくん、今日はゲリラライトパフォーマンスをやるからね。」


「ぼっぼくは、ライトパフォーマンスしてきます・・。」







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