第190話 ビワコB滞在記~近江八幡編①~

「長野県外に電車で出るのは久しぶりだったわ。名古屋駅行特急しなのは、揺れが酷く隣のおっさん(自分もおっさん)の整髪料の匂いがきつく途中で酔ったし・・。名古屋で泊まったカプセルホテルは、共有ドアを静かに締めない人がいて、バタンバタンとうるさく夜中に何度も目が覚めた。ダラダラと英語で長電話している人もいて、足元のカーテンの前を人が通るとカーテンがひらりと動き中を覗かれている気がし落ち着かなかった。くしゃみや咳、おなら音で目が覚めると仕返しに爆音の屁でもこいてやろうと意気込んだけど、そういう時に限って大したものが出ない。プライバシーがあるようでないギリギリのラインでよく眠れんかったわ。」


「一泊2000円でしょ。贅沢言っちゃいけませんよ。」


「そうだね。シャワーとトイレはきれいだったから、もし再び名古屋へ行くことがあったらまた利用しちゃうかも。一泊し明朝名古屋駅を出て米原駅で乗り継ぎ近江八幡駅を降りた。近江の街や気候、人々の雰囲気が暖かくいい一日になる気がしたよ。」


「市川さんは30年前の作品とのセルフコラボでしょ。日本家屋などの趣のある建物が立ち並ぶ中、どんな空間になっているのか期待値が爆上がりした?」


「開場時間より1時間も前に到着したから、スタッフの方と市川平さんのことを沢山話したね。ここは元酒蔵で見たこともない大きなタンクが逆さまになっていたり、2階倉庫から直角にぶら下がっている階段が薄暗いところで存在感を出していた。」


「話の流れで、カタログの市川さんの寄稿文かみもっとしのぶは僕ですと言ったら、面白がってくださり、ビワコビエンナーレを1日で有意義に回れる方法を詳しく教えてくださった。」


「開場時間となり、さあどうぞと言われて、受付の後ろにあった倉庫らしきドアの取っ手をぐいっと下げ中を見ると・・・。」


「あれは驚いたね。人の想像力って勝手なものだわ。市川さんの今回の作品に使われている素材(クリーム色のFRP素材)とあの倉庫のドアの素材が似ていて、あの中に絶対に作品があると思い込んでいたよね。」


「緊張しながらドアを開けると中は材木や道具が詰め込まれていた。あれっと狐に摘ままれた表情をしていると、スタッフの方が違う違うこっちの黒いカーテンですと笑いながら教えてくれた。」


「カーテンを開けると、目に飛び込んできたのはカラフルな電飾や雑貨が入ったカゴ、そしてカゴの横には浮き輪をはめた白い猿が二頭抱き合っていた。」


「三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)というのは知っているけど、抱き合っている猿は珍しいよね。」


「浮き輪をはめて水中眼鏡をつけて海中を覗いていたら、何か恐ろしいものでも見てしまったかのようだ。その場を去る(猿)わけにもいかず、もう一匹の猿(三猿を前提)は海底に引きずり込まれ残りの2頭の猿は恐怖におののき抱き合う。」


「でも、あまり怖そうにしているようには見えなかった。ホームセンターで何気なく売っているような5つのカゴに入っていたカラフルな電飾と日用雑貨、2頭の猿の組み合せが、人間社会へのアイロニーのようにも感じた。」


「気が付いたら大事なものを見失っていたけど、所詮人間も猿と一緒、そりゃ仕方がないよな~という諦め?見ない言わない聞かない、無かったことにしましょうよ。更迭人事で迷走するどこかの政治家みたい。」


「そんな諦めをユーモラスに表現しているって感じかなぁ。」


「次に待ち構えていたのは、透明なガラス瓶の集合体。」


「よく見ると、ガラス瓶の中には小さなスクリューが発生している。ガラス瓶の先端はラッパの先端のような蓄音機のスピーカーのような形で、キュルキュルと小さな音が聞こえてきた。」


「どうしてスクリューができているの?」


「さぁ。仕組みがよく分からないんだけど、便底に磁石みたいなものがついていたから、磁気を回転させているのかもしれない。それにしても、じっと見つめていると脳みそが吸い取られていくような錯覚に陥った。鼻が詰まっていたけど、見ている最中に鼻が通ったから、脳みその一部が吸い取られたのは間違いないと思うよ。」


「寝不足で気がどうかしていたのね。脳みそと言うより記憶が吸い取られたかもよ。次はいよいよ市川平さんかしら。」




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