第185話 小川村出身トラウマ彫刻家
「小川村出身で世界的なアーチストがいるが、お前知っとるか?」
「アーティスト?画家か?」
「いや~。本人はアーティストじゃなくて彫刻家だと言い張るんだが、何がどう違うのかは分からん。今、信濃美術館で個展をやっている。戸谷茂雄って言う人だわ。」
「戸谷さんって、小川村のどこの人だ?同級生にそんな名前の奴おった気がする。」
「あの頃は、中学校一クラス50人以上いたからな。覚えておらんな。ほとんどが小川村を出て行ったし、戸谷さんも高校を卒業してから県外に住んでいるらしい。」
「あぁ。信濃美術館は昨年リニューアルして長野県立美術館に館名が変わったんだぞ。あそこでやるってことは、世界的なアーティストだわ。春に松澤宥っていう作品を作らないアーティストが生誕100周年っていうことで展示があった。」
「物を作らないで何を展示するんだ?」
「まぁ、色々あるんだよ。オレも小難しくって分からんけど、初期は造形物や絵を描いていたんだけど、途中からオブジェを消せと啓示があって、それからは文章で芸術を表現するようになったとかだよ。あの広い美術館にはそれに関する資料がずらりと並んでいたわ。」
「お前、現代美術に詳しいんだな。オレは戸谷さんの展示は見たよ。材木の表面をチェンソーでギザギザに切り刻んでいるんだ。どんな顔で切り刻んでいるのか想像したらぞっとした。あれは、何かに恨みがあるぞ。」
「オレも、テレビで特集やっていたから作品は少し見たが、あの刻み方は尋常じゃない。小川村での幼少体験にトラウマでもあったんじゃないか?」
「戸谷さんは森の中で遊んだ記憶や、生い茂る草木の間にある結界、人間や動物の視線を造形化しているみたいなことを言っていたけど、本当にそれがテーマになるのかと疑問が沸いたよ。」
「森の中で何かがあったとしか考えられない。」
「幼少期のトラウマをチェンソーで切り刻んでいるってことか?」
「戸谷茂雄さんはトラウマを消せと啓示があったんじゃないかなぁ。」
「生死にかかわる恐怖体験があったのかもしれない。」
「昔は、母屋から便所が離れていただろ。夜中に便所に行くのが怖かったのぉ。山が妙に近く感じオレは何回か足が震えて、便所の穴に落ちたことある。中は臭ぇのは当たり前なんじゃが、異様な世界だった。山のように積み上がったクソが神秘的な鍾乳洞やお化けのように見えた。」
「もしかしたら、それがトラウマの一つかもしれない。あの戸谷さんの森シリーズはそう見えないこともない。」
「まぁこれはオレらの勝手な想像だから。世界的な彫刻家さんの考えはもっと違う次元だと思うけど。この小川村の過去の生活体験を基に理解すると、何となく意図を共有できそうな気がする。」
「作品は木製でカラッとしているけど、ベトッとへばりつくような粘土質な表面の感じは、小川村人の気質が現れているようで、親しみを覚えるよ。」
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