第184話 伝説のヒト
「ダイラさん、長野市の紅葉が美しい山手にあんな不思議なギャラリーがあるとは知りませんでしたよ。」
「ぱっと見倉庫だもんね。恐る恐る中に入ると急に空気が変わりホワイトキューブの空間があった。」
「それにしても、小池さんは相変わらずだったですよ。」
「クワヤマダくんをいじり倒していたよね。昔から可愛がられていたもんね。」
「小池さんの作品は久しぶりに見ましたけど、宙に浮いた泥の上に細い道があるとは、田植え前のあぜ道を歩いている感覚になりました。」
「不安定な踏み台から不安定な道に片足をのせる瞬間は、妙な緊張感がありこのまま底が抜けたらどうなるんだと考えたよね。でも、いざ道を歩き始めるとそんなに揺れないし、逆に程よい揺れ方がゆりかごで揺すられているようで安心感も生まれた。」
「不安と安心が交互にやってくる。作家が嫌煙しがちな生と死に正面からぶつかっている。小池ワールド全開でしたね。」
「ホワイトキューブでインスタレーション。生と死を問う作品かぁ。長い年月をかけて辿り着いた小池さんの一つの解答かもしれない。」
「小池さんは大学時代、彫刻家若林奮さんの助手をしていたけど、大学を卒業してからギャラリーや公募展などで作品を発表しなくなった。」
「国立市の自宅に奥さんと二人でプランターコテッジとして植物を大量に生息させた。」
「あの家は凄かったです。住宅街に植物の山が出現するのですから。住民は驚きますよ。よくワイドショーで見るごみ屋敷なら理解できますが、草屋敷は理解不能ですもの。」
「小池さんの芸術観は、現代のSDGsすら飛び越えていたんだ。」
「鑑賞者の認知を不安定にする天才ですね。あの草屋敷の中に入ると、ほっとできる図書館やカフェ、ギャラリーがあった。」
「小池さんはこれまで建築を仕事としながら、日常空間に自身の芸術観を根付かせてきた。」
「そう考えると、今回の泥の河という作品は全て繋がっているようにも思えます。」
「ダイラさんは学生時代最上さんの指導を受けていましたけど、若林さんの薫陶を受けていた小池さんはどう見えたのですか。」
「あぁ。最上さんと若林さんの芸術観は正反対だったからね。二人はバッチバチだった。先輩の中でも小池さんは強烈な個性を放っていた。いつも目がバッキバキで、理論化だったよ。魅力的なオーラを
「当時勢いのあった二人の教授から薫陶を受けていたダイラさんと小池さんには、最上さんや若林さんができなかった自由を手に入れ暴れているようにも見えます。」
「ははは!確かに特殊照明を担いで暴れているよね。最上さんには凄いお世話にはなったけど、弟子でもなんでもないよ。そういう見方なら、ムサビ彫刻で学んだ人間は全て弟子になっちゃう。クワヤマダくんも弟子だよ。」
「自立と自由を好む人間が集まるムサビ彫刻科にはそういう発想は無いですね。」
「小池さんはミステリアスで彫刻科の伝説のヒト。何をするのか予測不能だ。今後の活動に注目したい。」
「あの眼光からはこれからも何かやりそうな雰囲気がありました。」
「とりあえず、クワヤマダくんをいじり続けるんじゃない?」
「・・・・。」
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