第183話 落ち合う「ムダの壁」

「バイト先の先輩から、現代アートは儲からないから辞めた方がいいよって言われました。」


「その先輩とは美術やアートの世界に詳しい人なの?」


「美術やアートとは全く縁のない人のようですが、私が苦労してバイトで貯めた収入が全て制作や展示費用に消え、尚且つ作品は売れないという様子を見て心配してくれたのではないかと・・。」


「君はそれを聞いてどう感じたの?」


「今自分が制作している意味って何だろうと考えてしまいました。先輩からは売れないものを作ってどうするの?と真顔で聞かれました。」


「ムダの壁だね。作家として生き残る人とそうでない人生を歩む人の分かれ道だ。君は美大にいるから作品を作ることが当たり前になっている。でも、一歩社会に出たら、作品を作り続けることの意味を見失う場面に直ぐに出会う。」


「今こんなに夢中でやっていることが、人生において無駄なこととして排除してしまうということでしょうか。」


「表現したものを評価し合う環境にいると作り甲斐が生まれるだろ。表現したものが指導者や仲間から完全否定されたとしても、それも一つの評価だ。でも、社会に出たら、表現したものが全く相手にされなくなることがある。」


「無人島で制作するような感じですね。」


「夏にミンミン鳴くセミに、モーモーと鳴けとは言わないでしょ。言っても無駄だと分かっている。無駄なことはしない。同じように、表現したものに何の反応も無ければ無駄と判断してやらなくなる。」


「表現するって、ミンミン鳴くセミにモーモーと鳴いてみないかと問い続ける行為なの?傍から見たら絶対にムダな行為ですよね。」


「だって、君が勝手に想像した世界観を一般の人々に問う行為なんて、冷静に考えると異質だと思わない?」


「私の世界はこうだけど、皆さん共感して!冷静に考えれば、私の芋虫が巨大化した作品を実家の駐車場に立てるなんて行為は受け入れられるはずはないわ。」


「長年人体彫刻を作っている人に、抽象彫刻の面白さを熱心に話したからと言って、明くる日抽象彫刻を作り始めることなんかほぼ無い。」


「でも、現代アートをやっている人たちの中には、医学や工学の世界からアートに目覚めて無駄な行為をし始める人たちがいますよ。」


「メディアアートをやっている落合陽一さんみたいな、情報工学から流れ活躍している人たちがいるよね。ミンミン鳴くセミに、ミーンミーンと鳴いてみては?やっている内容は高度だけど、見る側に寄り添ったアートだから需要がある。共感できる要素が多い作品は生き残る。」


「人間とは他者の反応があってこそ行動できる性質があるのね。今生き残っている作家さんたちは、ムダの壁を小さくして社会にポジションを築いてきた人たちなのですね。」


「全てがそうとも言い切れないけど、社会と相互関係を粘り強く形成していく力は必要かもね。バイト先の先輩と、芸術論を交わして自分の考え方を深めることが、作家としての力量を高めるチャンスになるかもよ。」





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