第182話 芸祭とハロウィンと性
「とある美大の芸祭が3年ぶりに開催したらしいですね。」
「世間ではコロナで縮小していた行事やイベントが再開している。久しぶりの芸祭に学生たちも気合が入っていそうだ。」
「彫刻科の伝統、何とか神輿もやったみたいですよ・・。SNSで見ましたけど、見ているこちらが恥ずかしくなってしまいました。」
「見ている側が気を使っちゃう企画はどうかなぁと思うけど。青春の一コマだから、そっとしておこうよ。」
「美大で作り出されたものには、深い思考があるように感じる人もいるみたいだけど、基本的には視覚芸術だから見た目重視。パッと目を引く物を生み出す輩の集まりだから。あーゆうものは内容が無くて正解。あの伝統は彫刻科のインフォメーションとして形骸化され、そのうち彫刻科ごと消滅させられるんじゃないかなぁ。」
「見たく無いものは捨てられる運命だからね。でも意外としぶとく残りそうな気もする。」
「それにしても今年の渋谷のハロウィンの混雑は異常だ。」
「この行事も3年ぶりの規制なしだから、暇な若者はゾロゾロと街に繰り出す。」
「先日ソウルであんなに悲しい事故があったばかりだと言うのに、人はなぜ群衆に紛れ込みたくなるのかしら。」
「美大の何とか神輿と同じだ。特異な集団に紛れ込むことで、個性を放っているようで個(中心)を消して発散している。クラゲのように浮遊する感覚で自我の解放を味わっているんだよ。」
「肥大化された群集心理の中で自分の存在の小ささを実感しているのかしら。」
「小さく感じることって生きるために必要な感覚だよね。僕たちって、日々何も考えていないと思わない?」
「そんなことないわよ。朝起きて何食べようかなぁ。どんな服を着ようかなぁ。今日の運勢はどうかなぁ。いいことあればいいなぁって考えている。」
「それって全て自分にとっての都合ばかりでしょ。人間はある側面から見ると、自分のことしか考えていないとも言える。」
「人に親切にしていても、心のどこかで自分に恩恵が巡ってくるようにと考えちゃう自分がいるわよね。」
「自分の一日の思考を振り返ったことある?今日一日考えた全ての内容を、このパソコンの画面に表示されたらどうかなぁ。」
「いや~。それは恥ずかしい限りだわ。」
「人間ってしょうもないことしか考えられないように設計されていることにガッカリするだろうね。でも、群衆に紛れ込むと小ささを実感しているから、しょうもない考えしかできない自分に納得するんだ。元々は何億個の精子の群れの一匹だったんだから。そのときは思考はしていなかったはず。」
「思考しないことも生きることの一部であることを再認識する。」
「でも、人間の本能的な性から抜け出せない自分を知ると悲しさと絶望が生まれる。」
「そう思いながらも眠気に勝てず、適当な文字を並べて早く寝ようとしているあなたの心境もまた人間らしいんじゃないかな。」
「美大の何とか神輿を揶揄してしまったけど、結局は今の自分の姿も客観視されたら、何とか神輿と違わないのかもね。」
「ハロウィンで暇そうな若者がゾロゾロ歩く姿だって、初詣に向かう人たちと内容的にはそう変わらない。小さな小さな個人の願い事をお祈りする瞬間は、自分の小ささを確認する絶頂でもある。」
「考える前に身体は動いちゃうし、じっとしていても大したことを考えられない呪縛の中で生きていることを恥じないようにすることも生きるためには必要かもね。」
「分かっちゃいるけどやめられない。そんな生物として生きていることを誇りに思ってもいいんじゃないかな。」
「よし、これから仮装して街に出てみようかな。」
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