第172話 無数の視線
「最近、SNSでちょっと過激な投稿したら大炎上したんだ。」
「どんな投稿をしたの?」
「文科省が本腰を入れて学校の部活動を地域移行しようとしているんだけど、地域にボランティアとして毎日部活を見てくれるような都合のいい人は簡単には見つからないから、しばらくは学校の先生たちでやりくりするのが現状だみたいなことを書いて投稿したんだ。」
「教師も専門外の部活を持たされたり、休日も関係なくサービス労働だもんね。若い人が教師になりたがらない理由の一つに、部活動の存在があるらしいわね。」
「そしたら、現役教師たちからの信じられない程のバッシングを受けた。多分、若い先生たちからだと思うんだ。教師が部活を見ることをしばらくの間は続けないと、部活を楽しみにしている生徒たちの行き場が無くなり可哀そうだと思ったから書いたことがまずかったみたい。」
「あなたの普段の投稿なんて、いいね0が続いていたのに、びっくりしたでしょ。」
「そりゃ驚いたよ。僕の発言が恐ろしいスピードでシェアされ、罵られるとは夢にも思わなかった。罵詈雑言が飛び交いどんな返答をしても全くダメだし、誤解されたまま、何百件とコメントがついた。」
「ある意味、注目を浴びたのね。それはフーコーのパノプティコンだわ。」
「ぱのぷてぃこん?」
「マジックミラーに覆われた鉄塔の中に監視人がいるという設定、その周りにはドーム状又は円柱状の監獄があり囚人たちは常に見張られている状態なんだ。監視されているという意識が潜在化して、自ら好んで規律に従うようになる。」
「学校や職場、地域やネットの中には無数の見えない目が自分を見つめている。」
「マジックミラーの中には誰もいなかったとしても、自ら架空の監視人を作りあげてしまうのが人間のさが。」
「誰も見てないのに、人の目が気になる人っているよね。皆が私を見ていると・・。」
「そういう感覚が無いと逆にだらしない人になってしまうので、ある程度は必要な感覚だけど、あなたの投稿を炎上させても何の解決にもならないことを監視人たちは理解していない。それだけ、鬱屈した気分をもっている人が多い世界なのかもしれない。」
「監視もされているけど、監視もするぞというスタンスなんだね。」
「事実を言った瞬間に炎上する世界観は危険だと思うわ。」
「もし隣の国から目を覚ませ日本と言われて、ミサイルを撃ち込まれたらさすがに納得できないし、従えない。」
「でも現代にはそういう緊張感が生まれてきている。ちょっとした一言で、排除される世界は恐ろしいし、監視を外すことはもうできなくなっている。」
「グーグルアースやビッグデーターで全て丸見えだしね。」
「変わった発言や態度をとる人間を焦点化し排除する先には何が生まれるのか。」
「ぞっとするわ。ダイバーシティーとか多様性とか言っているけど、多くの監視下の中でそれらをやりくりするのって、かなり複雑で高度だ。そういう針の穴を抜けていくような言動をとらないと排除される社会は息苦しい。きっと人間は無口で動かなくなる。」
「何もしないのが安全だものね。」
「便利で豊かな時代に生まれてきたけど、人類史上最も孤立する人間が増える時代かもしれない。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます