第165話 我思うゆえに我あり

「せんぱ~い。個展に向けて制作しているのですが、一つ悩みがあるんです。」


「クワヤマダくんは結構考え込むタイプだからね。で、どんな悩みなの?」


「僕が考えている表現は独創的オリジナルなのか、ひらめきが降りてきた瞬間にもしかしたらこれは夢かもしれないと思い悩むのです。」


「それは作家なら誰しも考えぶつかる普遍的な悩みだ。」


「昨日もアイデアをしたためたスケッチブックを眺めていたら眠れなくなりました。」


「分かるなぁ。自分がひらめいたことは最高な創造であると思った瞬間に、もうすでに世の中にあるのではないかという不安が押し寄せてくる。」


「チョモランマ登頂に成功した瞬間に、下山への恐怖が沸いてくるみたいな。」


「でも、そんな時にはという哲学者プロタゴラスの相対主義で考えるようにしている。モナリザの絵を観て、世界中の誰もが独創的で美しいとは思わないよね。」


「モナリザの絵の文脈が分からない人には無価値ですね。」


「美しいも醜いも同時に判断するのが人間の尺度なんだよね。独創的かそうでないかというのは考えても仕方がないことなんだ。Googleレンズである程度は調べられるけど、それがこれまでの創造物を全て網羅しているわけではないし。」


「時間とお金をかけて創作した後に、あれこれ指摘されるときつくないですか?」


「でも、プロタゴラスの相対主義のお陰で、万人にという世界観がつくられた。ロシアとウクライナの戦争や過去の人間が犯してきた過ちからも、それは理解できるよね。」


「う~ん。ジレンマですね。自由な世界に付きまとう悩みってことです。」


「なぜ、独創的でない自分を許せないのだろう。そもそも独創って何?」


「ソクラテスの問答ですか?」


「独創という物は存在しない。何をもって独創かも実は定義が曖昧だ。A村の人が見たら独創かもしれないがB村の人が見たら模倣かもしれない。でもC村の人が見たら視界に入らない可能性もある。」


「僕らが考えている概念は過去の人間がつくったもの。理解するための便宜上の物でしかない。リンゴだって、赤く見えるけど本当は赤じゃないかもしれないし、形や質感だって人間以外の生物からしたら別物ってこともある。」


「本当のに行きつくことは永遠に不可能とカントは言っている。アートの根源的な部分だね。」


「せんぱ~い。僕ひらめいちゃいました。」


「おお!いいぞクワヤマダくん!」


「作品を展示してからゴニョゴニョと言ってくる人がいたら、あなたの目にはそう映るかもしれませんが、本当の物自体を理解することは不可能なのです。と言ってやります。」


「それは危険だなぁ。自由な意見が言える相対主義世界を批判しているヤバい奴だと思われる。」


「それなら、、あなたの意見も正しいし私の考えも正しい、あなたもわたしも疑いようがないをもっているのです。とデカルトは言っていますと伝えます。」


「ちょっとよく分からない言い逃れのようにも聞こえるけど、夢ではない自分の存在をお互いに確認し合うという、新しいコンセプチャルアートなのかなぁと思われるかもしれないね。」


「今晩も眠れません!」


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