第142話 漂流大学⑨発明前夜
「ダイラさん、もしかして、僕たち一生ムサビから出られないかもしれません。」
「我猛くん、ムサビから出られなくなったら、僕たちは何のために表現するの?」
「外の社会からの刺激があったときは、自身の内にあるドグマが反応して制作のエネルギーになったけど、外が無いならドグマはどうなるのでしょうか。」
「ドグマは必要ないのかな。う~ん。こうなる前まで、先々の不安は多少あったけど、今はそれとは違う不安感だ。」
「ムサビに取り残された他の学生はどうしているのでしょうか。」
「元々、世間離れした人が多いから、深く考えていないんじゃないかなぁ。」
「そう言えば、昭和天皇が入院したというニュースが頻繁に流れていましたよね。」
「急にどうしたの?毎日、緊急速報で下血がどうのことのと言っていたなぁ。」
「近々、昭和が終わるかもしれません。」
「もしかして、ムサビに取り残されたまま、昭和が終わり新しい時代を迎える?」
「新しい時代を生き抜くアーティストは時代の変革に敏感です。こうしている間にも、きっと様々なカルチャーや新しい表現を生み出そうと画策しているアーティストがいるはずです。」
「時代の変わり目には何かが起こる!再び、元の世界に戻れるかもしれない。次の時代を切り拓くためにも、何かをつくらないと!」
二人は、彫刻科の鉄工場へ走った。半地下にある薄暗い階段を降りていくと、地震の影響で扉が塞がっていた。外側の窓から入ることにし、裏庭に回り、窓を覗き込んだ。
「ダイラさん、あの人は誰ですか?」
「溶接光が眩しくて、よく分からない。」
「もの凄い勢いで、何か作っていますよ!」
二人が見たのは、鉄工場内で作業するダイラと我猛の二人だった。
「どういうこと?俺らが、そこにいる。しかも、巨大な造形物をつくっている。」
鉄工場にいる二人の会話
「我猛くん、さっきの揺れは凄かったね。」
「伊集院光がラジオで、新しくできた東京ドームの屋根が落ちたとか言っていましたよ。」
「それは、伊集院のジョークだよ。どこかのディスコの照明が落ちて死傷者が出たのは、最近の話だけどね。」
「我猛くん、この作品どうかなぁ。」
「バナナみたいなソリのある形態ですね。よく見ると穴がたくさん開いている!」
「ふふふ、面白いでしょ。でもまだ迷いがあるんだよね。過去の自分が足を引っ張ってくるような気がする。この作品を鉄板のみで作るのか、作品内部に照明を入れるのか、今までに無い新しい表現が生み出されるのか?と問いかけてくるんだ。」
「ダイラさん、さっきから妙な視線を感じるのですが。」
「我猛くん、あの窓の辺りから変な奴らが鉄工場を覗いている。」
外で覗く二人の会話
「やばい。気付かれた!これは、時空が歪んでいるんだ。お互いに会ってはいけない存在かもしれない。逃げよう!」
「どこに逃げるのですか?」
「俺たちはこの世界にいてはいけなかったのかもしれない。過去の存在なんだ。潔く正門からダイブし自分を捨てるしかない。未来の自分に托そう。」
「正門からスッと消えた、油絵科の田沼くんのように?」
「彼はきっと、少し先の自分に出会ったんだよ。同じ人間は二人いてはいけないことを悟ったからこその行動だった。」
「過去の自分を殺せと岡本太郎も言っていた。」
二人は、正門から勢いよくダイブした。時代は平成に変わり、ムサビはいつもと変わりのない状態に戻った。未来を生ていたダイラは、過去の自分が去ったことで、その後の時代(平成・令和)を生き抜く、傑作ドームのないプラネタリウムを完成させた。
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