善光寺ダイラ

第141話 漂流大学⑧1988年のトラウマ

「ダイラくん、ピンクフロイドと言えば、1988年日本武道館伝説のツアーは最高だったね。」


「妖怪ピンク風呂井戸フロイドなんかどうでもよくなるわ。」


 空中に舞っているブタなのかトトロなのか、よく分からない妖怪は膨らみ始めた。


「1988年はになりそうなカルチャーがたくさん生み出された。」


「4月にはアニメ映画、となりのトトロと火垂るの墓の2本立てはヤバいっすよね。」


「火垂るの墓を観た、宮崎駿はショックのあまり、監督業を降りると言ったらしい。」


「辞める辞める詐欺の記念すべき第1回目だね。」


「ナウシカ、ラピュタ後、戦闘物やファンタジーはやらない!と言って、リアリティーに邁進してトトロを作ったはいいが、高畑さんのリアル過ぎるリアルを観て落ち込んだと言われている。」


「アニメはファンタジーだ!と言っていた師匠天然高畑さんは、宮崎さんを出し抜いた?」


「天才と奇才の違いだと思うけど、僕は、宮崎映画の中でもとなりのトトロが一番面白いと思います。」


「我猛くんはなぜそう思うの?」


「宮崎映画には珍しくが通っているのです。原始時代から住んでいる妖怪トトロは、草壁一家との関わりを通して、子どもたちが抱える不安を解放する役割をしています。裏設定である、数千年に及ぶ人間と妖怪の戦いは和解されていたのです。宮崎さんが考えている妖怪は、水木しげるとは一味違います。怖くない存在、悪戯をする存在で、子どもにしかトトロは見えないものとしての爽やかな統一感が、3年後の爆発ヒットの基となっている気がします。大人が子どもに見せたいと思わせる仕掛けがふんだんにされています。」


「キュウリやトマトを食べるシーンは、ジブリ飯の走りだからね。火垂るの墓でセイタの妹がリンゴをかじるシーンはリアル過ぎて辛すぎる。」


「そうだなぁ。昭和30年、反対派が多かった縄文時代の農業について研究をしている父親の横で、縄文人から教わった手法でドングリの大木を育てたり、子どもたちが不安になって童心に返ったときだけトトロが現れたり、メタファーに意味を感じる。トトロが長年かけて培ってきた、人間との距離感を丁寧に描いている。」


「猫バスだって、メイをお母さんの病院に連れていってくれたんだものね。優しい妖怪だ。鬼太郎の妖怪電車は地獄行だったからね。」


「僕は宮崎映画の一番の傑作はトトロだと思うんです!」


 上空に浮遊していたピンク風呂井戸は急激に膨らんできた。居残ったムサビ生は各アトリエや広場で悲鳴を上げている。


「やっぱり1988年の最後のトラウマは、AKIRAです。鉄雄の肉体が膨らむシーンは日本中の映画館で悲鳴が上がりました。」


「宮崎監督は、となりのトトロを火垂るの墓の高畑さんよりも早く仕上げ、相当ヒマだったらしく、AKIRAの監督、大友 克洋の事務所に入り浸っていたようです。ただひたすら雑談を繰り広げ邪魔をし、ストレスの溜まったスタッフは、鉄雄の膨張を駿に重ねて発散をしたようです。」


鉄雄テツオじゃなくて、駿ハヤオだったんだ、あれは・・。」


「当時のアニメ界は相当なブラック企業だったと聞くよ。3本のトラウマ作品は、無数の有能で低賃金労働を強いられていたアニメーターの怨念すら感じる。」


 そうこうしている内に、ピンク風呂井戸は極限まで膨らみ爆発した。破片は蛍のように不規則に舞い、黄金色に輝きながらムサビを包み込んだ。




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