第139話 漂流大学⑥ピンクの像

「せっせんぱ~い!」


「おお!クワヤマダくんじゃないか!君も大学に残っていたんだね。」


「いや~、治験バイトが休みで、たまたま鉄塔横の屋上で昼寝していたんです。そしたら大きな揺れがあったので目を覚ますと、周囲が暗くなり、正門から先は闇になっていました。」


「クワヤマダくんは危険なバイトをしていたんだね。そのマッチョは薬物?」


「ははは!せんぱい、さっき正門へ向かう途中で、不気味な坊主集団をみかけたんです。しかめっ面した人、動物のように地を這う人、大声を張り上げ続ける人や、全力で走り回る人がいました。」


「それは、セッションですね。」


「我猛くん、一体何のセッションなんだい?」


「この大学には大きく分けて3種類の坊主集団があります。一つは我が彫刻科の無意味坊主、二つ目は前衛舞踏サークル坊主、三つ目はイッテン・シャレオツ坊主。」


「一と二は分かりますが、三つ目は聞きなれないなぁ。」


「どこの美大も設立当時の教育方針は、ドイツのバウハウス造形学校を参考にしている。」


「松村 邦洋の?」


「クワヤマダくん、バウバウはちょっと古いかもね。」


「知っているかなあ。12色環を生み出したのは、バウハウスの教員ヨハネス・イッテンなんだよ。」


「中学か高校で学んだやつだ!」


「イッテンの色彩論はどこの美大でも扱っていると思うよ。」


「へー。でもそれと坊主はどう関係しているの?」


「ヨハネス・イッテンは日本の高僧マニアで僧侶をリスペクトしていたらしい。東洋マニアのオシャレ坊主だ。イッテンは色彩理論で有名だったけど、実は不思議な教育をすることでも日本では不気味がられていた。」


「お経を唱えるとか?」


「近い!実は身体性とアートの繋がりを強く信じていたため、授業や演習を行う前に、身体を解放するためのトレーニングを取り入れていたらしい。」


「さっきの集団にいた絶叫系ですか?」


「息が切れるまで大声を出し続けさせたり、グテングテンになるまで走ったり、同じモチーフを異常なスピードで数百枚スケッチさせたりしたらしい。手元にまともな意識が及ばなくなって初めて、心が解放されるという理論をもっていた。」


「腹が減ってイラつく彫刻科の無意味坊主と、暗黒舞踏のクネクネ踊り、そして、目玉が飛び出るほどの迫力で体力を使い果たすシャレオツ坊主。」


「セッションしてどうするんですか?」


「高揚してくると、ピンクの像が見えてくる。」


「やばい薬とかじゃないんですか?」


「日本各地にあるお線香を鼻の穴に突っ込んで、ンだ。」


 厚く重たい雲の隙間から見えていたピンク色の空の正体が分かった。坊主集団が幻想的に見ていたピンクの像の胴体であった。




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