第138話 漂流大学⑤無能の人

 グランドで衝撃的なもの(※137話参照)を見てしまった二人は、確実に起きているであろう、この大学の異変を感じずにはいられなかった。薄暗く淀んだ厚い雲から時折覗くピンク色の空は、絶望的な未来を予言しているかのように見えた。


「我猛くん、さっきから、妙な視線を感じるんだけど・・。」


 食堂の喫煙所でたむろしている、くすんだ顔色の人たちは、目を細めて二人を見ていた。喫煙所にはいるが、タバコを吹かしているわけではなく、ただぼんやりと座っている人たちは、頬がコケていた。


「見慣れない人たちだけど、絵の具だらけの作業着姿や汚いゴーグルを首からぶら下げているところを見ると、ここの学生かしら。制作をし過ぎて疲れ果てている様子だね。」


「ダイラくん、あの人たちはの人たちだよ。」


「我猛くん、意外とキツイこと言うんだね。この学校にいるくらいなんだから、美術は得意だと思うけど・・。」


「無能病に罹っていると聞いたことがある。デッサンや課題はそこそこやれる能力はあるんだけど、それ以外の新しい表現ができないらしい。普段からフラフラしているため、先輩や教授の手伝いに、ほぼボランティアで駆り出される。夕食でも奢ってもらえれば満足して、次も無条件で働く。そんな人たちだよ。」


「使い捨てみたいな存在として、ここで生きている?」


「大学に大金を支払うだけのカモにされている存在。あの12号館だって、歴代の無能の人たちからかき集めた資金で君臨しているのだから。時々、思い出したかのように、使用人は無能の人たちを褒めちぎるんだ。そして、無能の人たちは満足してしまう。」


「才能に満ち溢れている数%の学生は、無能の人たちの存在が見えていないかもしれない。重いものを運ぶときや徹夜作業のときだけ、声を掛けるけど、それ以外は何もしない。」


「悲し過ぎる現実です。」


「って思うじゃん。しかし、実は違うんだ。無能の面をつけたまま、仮面浪人して藝大に入り直す奴、どこかの国公立や海外の美大に編入する奴、外国に留学する奴、就職難時代に、結構いい就職先を見つけてくる奴、実家が金持ちで全く困っていない奴、ちゃっかり個展をやっている奴が意外に多いんだよ。」


「無能のふりをした有能な人材だった・・。」


「バリバリやっている奴は主体性があるように見えて、何となく輝いているんだけど、自分のキャパを理解していないか、貧乏人だ。焦りが見え見え状態だ。」


「その点、無能そうに見える連中は、したたかに自分の特性や生きる道を見つけている場合が多い。だから、先輩の手伝いや教授の助手がすんなりできる。受け入れる余裕、器があるんだよ。」


「あのザリガニ神輿に一枚噛んでいるのも、無数に蔓延る無能の人たちでしょうか。」


「無能の人はリスクを恐れる生き物だから、ザリガニ神輿は作らない。その代わり、調子に乗りやすい奴を捕まえて、裏で操る。」


「無能最強説ですか?」


「色に染まりにくい分、透明人間として、結構なことをするんだよ。」


「無能という能力をクリエイトするとは、ココの大学は深淵な場所ですね。」






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