第135話 漂流大学②ガラパゴス化
正門から歩幅の長い階段をゆっくり歩き1号館を抜けると、普段は学生で賑わっているはずの中央広場に人影が無かった。
「我猛くん、何だかガランとしているね。」
「
「わ!我猛くん、4号館に人だかりがある!ちょっと行ってみよう。」
「おい、オレの人体像のどこが、柳原義達に似ているって言うんだ!」
「佐藤忠良じゃないな、タイプ別にするなら細川宗英か柳原義達かもなと言っただけだろ!」
「オレなりに、違いを出しているんだ!お前の人体だって、どこかで見たことがあるぞ!萩原碌山じゃないのか!」
「分かったよ。人体塑像をやると、いつもこうなっちゃうんだよな~」
彫刻科の3年生の二人が課題で制作した人体作品を鑑賞している際に論争に発展したようだ。彫刻の基礎課題と言えば人体像であった。太古の昔から作られてきた人体像の表現形式はほぼ出尽くしていたため、学生たちはオリジナル感が出せずに苦悩していた。
「我猛くん、人体ループにハマると、皆ああなっちゃうんだ。遠くから見ると、本当にどうでもいいことのように見えるけど、当人たちにとってはプライドがあるから、本気なんだよ。」
「デッサン力、量感やムーブメント、質感にこだわるのは、彫刻科としての定め。しかし、人体塑像にオリジナルを求めるのは酷ですね。」
「ジャコメッティのようにカリッカリにしたり、ボテロや加藤昭男みたいにボリューミィにすると、真似た感が半端なく出ちゃうから、皆、微妙な違いで勝負しようとするんだよね。」
「かと言って、シュールレアリズムみたいにデタラメな人体にすると、評価が下がると思い込んでいるから、皆やらないんですよね。」
「具象や抽象的につくれと教授は一切言わないけど、時代の空気感を勝手に感じ取って、それらしい人体像をつくる様子は、本当に不思議な現象だ。」
「芸術家というより、公務員気質ですね。」
「そうそう、皆、マジメ気質なんだよ。大きく道を外してムサビに来たはずなのに、中道を模索する姿勢は、芸術界の公務員だな。」
「どの道、ガチ勢以外は、中道を歩くのですね。ダイラさんは何勢ですか?」
「そりゃガチ勢でしょ!オレは作りたいものがあってここに来たから、好きなものバンバン作っている。課題はそんなに力を入れるところじゃない。別に大学の評価なんか、どうでもいいじゃん。アーティストとして何を残すかの方が重要だからね。」
「人体の細部の表現にこだわっている学生は、針の穴を通すような感覚で攻めないと違いが出ないので、苦しいですね。」
「マイナーチェンジを繰り返した人体像が山のようにできる。」
「ダイラさん、彼らの仲裁に入ったほうがいいのでは?」
「いや、止めておこう。どうせ、今のところ正門を出られない運命にあるんだから。闇を見て大きな失望を感じるまでは、このまま論争をさせておこうよ。当人同士も分かっていながら、いつもと同じ展開を楽しんで、青春を堪能しているだけかもしれないから・・。」
「結局、デュシャンのレディメイド、ピカソのキュピズム、ヘンリームーア、岡本太郎の爆発、赤瀬川原平の路上観察を知識として知っていても、美大・藝大の人体像のガラパゴス化だけはなぜか大きく変わらない。」
「人体像に芸術の答えがあるかのような錯覚が生まれるのはなぜでしょう。」
「日本は鎖国体質が今だ根強く残っているんじゃないかな。ロックオンするとそこしか見えなくなる気質があるから。」
「もしかしたら、正門から先が消えて無くなったのではなく、この大学だけが、谷底に落下した可能性も否定できない。」
「怖い現実が見えてきた。我猛くん、中央広場に戻って、伽藍の話の続きを聞かせてよ。」
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