第132話 よっこいしょういち

「あ~ら、よっこいしょういち。」


「あれ?その一昔前のギャグで座るあなたは?」


「横井正一です。愛知の実家に帰ろうとしたら、お盆ナイトフィーバーに引き寄せられちゃった。」


「いや~、今回、想定していたよりも、人魂の数が多かったんですよ。」


「特殊照明は人魂との相性がいいね。オレが数えた感じだと、数百個の人魂は集まっていたな。」


「やっぱり、整理券を配った方がいいですかね。」


「ダイラさんが、水銀灯を一振りすると、数十個の人魂が群れるんだよ。あの、水銀灯の光が魂を揺さぶるんだよね。」


「そうですか。人魂は水銀灯にぶつかると熱くないんですか?」


「そりゃ、熱いよ。小さい声で、あちっ!あちっ!て言っていただろ。」


「聞こえたような、聞こえないような。」


「だって、ダイラさん照明を夢中で振り回していたもんな。オレらついていくのに必死だったんだよ。」


「その辺を彷徨っていてくださってもよかったのですが・・。」


「そうはいかないよ。お盆ナイトフィーバーだから。盛り上げナイト。」


「・・・。」


「ところで、横井さんは56歳まで、グアム島で逃亡生活をされていたのですよね。」


「結構ハードだろ。今の連中は若々しいけど、昔は50過ぎたら爺さん呼ばわりされた。」


「僕は今年57歳になりますが、横井さんの生活は想像を絶しますね。」


「グアムのジャングルで57歳を迎えるのかぁ。あと3年で還暦かぁとしていたら、現地住民に捕まった。」


「運動能力には自信があったけど、さすがに、若い衆に囲まれたら何もできないよ。」


「その後、日本に帰還するのを嫌がったとか。」


「帰国の際、羽田空港に出迎えに来た厚生大臣に、何かのお役に立つと思って恥をしのんで帰って参りました。グアム島敗戦の状況をつぶさにみなさんに知ってもらいたくて恥ずかしいけれども帰って参りました。とマジメに言ったからね。」


「恥ずかしながら帰って参りました。が、その年の流行語となっていましたよね。」


「この感覚、若者には分からないよ。モノホンの軍人教育を受けた者しか、言えないことだよ。骨の髄まで染み込んでいるんだから。」


「そう言えば、小野田寛郎さんとの対談はなぜ実現しなかったのですか?」


「それを聞くの?実はさ、天皇陛下より拝領された兵器である銃剣を穴掘り道具に使っていたという噂が小野田さんの耳に入っちゃたんだよ。」


「それが原因で拒否られたんですか?」


「分かるでしょ。それが、この国のために戦った先人たちの一番の悲劇なんだよ。」


「自分が受けた教育を脱することの難しさを感じます。」


「形は違うけど、今の日本人だって、得体の知れない大きなものに洗脳されてはいないかね。」


「自分ではよく分からないっす!」


「世界から取り残されないといいんだがな。」


「もしかして、僕たち日本人はジャングルの中にいるんですか?」


「そろそろ、時間だ、っと!また!」


「小野田さんとの対談を断ったのは、横井さんじゃないのかぁ。せっかちおじさんだなぁ。」


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