百ダイラ

第91話 陰翳礼讃(Inei-Raisan)

「急にどうしたの、部屋を暗くしちゃって。」


「君に分かるかななぁ。この暗さがイイんだよ。屋外の強い光を障子が緩やかな光に変えてくれる、この感じ・・。」


「そう言われてみると、最近、どこへ行っても明るい場所ばかり。暗さを楽しむ感覚って失われているなぁ。」


「だろ、昔、田舎の親戚の家へいったりなんかすると、昼間なんか電気はつけないよね。自然光のみで、薄暗いところで、爺ちゃん、婆ちゃんは生活していた。」


「電気代をケチっていた?いやいや、の中ににしておきましょう。」


「美を見出していたかどうかは分からないけど、文明社会で生み出された強い光によって、暗闇は少なくなった。」


「水木しげるが晩年、現代は妖怪が住みにくくなった。暗闇が少な過ぎると嘆いていた。」


「昭和時代、水木さんの妖怪ブームのときには、日本中に妖怪の住む暗闇がたくさんあったからね。最近の妖怪ウォッチブームの妖怪は昼間の明るいイメージで流行った。怖いより、カワイイ。」


「谷崎潤一郎という、文豪を知っている?」


「痴人の愛は名作だね。堕落していく人間の様を描くのがうまい!」


「谷崎さんが、昭和9年頃、電灯が普及したころに、明るくなる家屋の様子を傍目に、西洋人と日本人の美意識の違いに気づいた。暗闇、陰翳の中に、美の本質があるんじゃないかと、陰翳礼賛というエッセイを書いたんだ。」


「電気が無い時代から生きている人間しか気づけないことかもしれないなぁ。」


「現代で言うと、スマホ以前と以後で分かった日本人の美意識は?」


「ガラパゴス携帯の存在価値ですね。」


「スマホが普及したことで、ガラパゴス携帯の異常さが露呈したけど、あれこそが、日本人の美意識だった。とにかく、細かい機能が満載になる。絵文字の種類だって、日本が断トツだったからね。」


「大きな発明は苦手だけど、すでにあるものを細分化し機能的に工夫することには長けている。」


「きっと暗闇に美を見出していたのも、明るくはできないんだったら、暗さの中で美を見つけちゃおうという精神だったんだと思うよ。」


「イサムノグチのAKARIシリーズや、安藤忠雄の建築にも影響を与えている陰翳礼讃は、日本が誇るべき美意識の一つなんじゃないかなぁ。」


「影派とも言えますか?」


「そう呼ばれている。」


「ダイラさんの、特殊照明にも、陰翳礼賛を感じさせる要素が含まれている気がするんだ。」


「暗闇の中で、ぼんやりとした光を放って、歩き回っていますよね。」


「ダイラさんが演出する動く影を見ていると、移ろいゆく時間の概念を崩しているようにも感じるんだ。本来、影の動きは太陽光の動きを考えるとある程度予想できる。しかし、ダイラさんがつくる影の動きは予測不可能なんだ。」


「シン影派?」


「ダイラさんは、僕たちの想像を超えた表現をしている人だから、影とかの概念も持たないのかもしれないけど、新しい日本の美を提案しているようにも見えるんだよね。」




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