第70話 ない仕事の失敗学
「せんぱ~い。ダイラ物語もいよいよ第70話まできましたね。」
「当初は、30話くらいで完結する予定だったが、作者が調子に乗ったみたいだよ。」
「作者が言い続けている、ダイラさんがみうらじゅん賞に受賞するまで書くというゴール設定がちょっとおかしいんじゃないんですか。」
「この作者は意味不明なこだわりを持ちたがる癖があるんだ。この世に無い仕事を勝手につくり出し、エネルギーを注ぐような・・。」
「それは、みうらじゅんが提唱している、ない仕事づくりじゃないですか!」
「なるほど、その観点から、みうらじゅん賞に近づこうとしているんだな。」
「そもそも、アーティストは皆、無い仕事を勝手に生み出し、人生をかけちゃっていますよね。」
「ほとんどの、アーティストは、誰にも気付かれず、人生の幕を閉じる。」
「特にエリートと呼ばれる人たちがアーティストに転向した顛末が面白過ぎます。金持ちエリートがアートやります!には、いつの時代も物語が生まれる。」
「クワヤマダくん、現代絵画の父、ポール・セザンヌの話をしてよ。」
「付き合っていた彼女と結婚したら、いきなり小さな男の子が現れて、お父さん!と呼ばれ仰天する話ですね。」
「例えがエグイ。」
「セザンヌは、帽子の行商で成功した大富豪のぼんぼんエリートとして、自己肯定感だけがバリバリ高い将来を嘱望された田舎の青年だった。法学部まで行ったが、友人の詩人にそそのかされて自主退学。自称天才芸術家と称し、急転直下パリで印象派の絵を描き始める。しかし、芸術大学に落ち、サロンにも一度も入選しなかった。」
「そこまでなら、よくいるタイプ(笑)」
「セザンヌはどうも、遠近法と物の質感を描き分けられなかったようです。一瞬の光の移ろいを表現する印象派の手法は実は苦手だった。物の形もうまくとれず、何を描いても嘲笑されるだけだったんです。」
「美大受験間近で、油絵科から彫刻科に変更するタイプだね。」
「ここからがセザンヌの自己肯定感の強さが現れるエピソード。誰からも相手にされず、田舎に戻り、57歳までシコシコとへたな絵を描きつづけていた。形も単純化され、色は暗く、質感は何を描いても同じ、その癖は治らなかった。ある日、パリの画商が、そう言えばセザンヌどうしているかなと、旅行がてら、田舎に会いに来た。」
「セザンヌは親の遺産で、働かず絵だけ描いていたから、怪しい絵がわんさか倉庫に眠っていた。印象派のくどさでお腹一杯になっていた画商は、セザンヌの絵を見て、単純で新しいって叫ぶんでしょ。」
「せんぱ~い。先に言わないでくださいよ。それから、セザンヌを慕う若手が現れて、一気に時代の寵児となるんです。やっぱり、うまい絵はいつの時代も飽きられちゃうんですよね。それから、セザンヌの絵画手法は、ピカソやブラックがやり始めた、キュピズムの原型になったという話も飛び出し、いきなり現代絵画の父になっちゃうんです。」
「形は単純でいいじゃん。遠近法なんか平面には関係ない。質感?何それ?という態度が哲学的で新鮮だったんだろう。人々の偏ったこだわりを断ち切るスタンスが時代にフィットしたんだね。嘲笑されていた奇妙なオジサンが、急にリスペクトされるなんて、愉快な話だわ。自分の弱点はそうそう治らないもん。逆に強みを信じ、ない表現を生み出したセザンヌの粘り勝ちだ!」
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