第58話 モナリザ・ケーキ事件

「クワヤマダくん、レオナルド・ダビンチの名画「モナリザ」が汚損されかける騒ぎがあったみたいだね。パリ・ルーブル美術館の来館者1人が、防護ガラスの広い範囲にケーキ用のクリームを塗りたくったらしいよ。」


「せんぱ~い、それはセキュリティーが甘すぎますよ!」


「車椅子に乗って、作品に近づき、バックに忍ばせたケーキを取り出したみたいだよ。」


「障がい者を装うなんて、卑劣な行為だ。」


「警備員に取り押さえられた後に、館内でバラを投げ、地球を破壊している人たちがいる。そのことを考えろ。芸術家たちは、と言う。だから私はこれをやったのだと叫んだみたい。」


「モナリザにケーキを塗る行為と、彼が言っていることの意味がつながらないなぁ。」


「このメッセージを聞く前は、スフマート技法(ぼかし)へのオマージュ行為かと思ったんだ。輪郭を描かず、薄い油の被膜を数百回と重ねることで生み出されるぼんやりとした立体感がモナリザの口元に表現されている。このぼかされた謎の微笑みに、ケーキの油をのせることで、モナリザと鑑賞者との境界線をぼかす意味を込めているのかと・・。」


「せんぱ~い、コンセプチャルですね。」


「権威のあるものにケーキを投げつける行為は、権力者・有名人への抗議の一環と

20世紀初頭(1912年ころ)からある行為だよ。アメリカのコメディアングループ、キーストン・コップスが警官隊がドタバタ喜劇を繰り広げるというサイレント映画の際に、初めてやり、世界的に火がついたらしい。」


「さすが、映画好きなダイラさん!、1912年は、デュシャンが男性用小便器を展示したころですね。権威に対する抗議をオマージュしたってことですか?」


「環境問題が叫ばれているなか、モナリザの管理で年間どのくらいの費用がかかっているのか考えると、抗議の意味も多少は理解できるかも。」


「美術館にアートを収納すること、収納されることは、アーティストにとって夢の一つではありますよね。だけど、環境問題のことを考えると、アーティストの態度として、そればかりではないというのも頷ける。」


「個人的な理想や夢を追求するのか、もっと大きな視野でアートの在り方を見つめるかの議論だね。」


「でも、彼のやった行為は、モナリザにケーキを塗ったことで、世界的な話題となったと同時に、障がい者への偏見も生み出していることは見逃せないなぁ。」


「モナリザに近寄り鑑賞する車椅子の方々への、視線が厳しくなる状況は生れたと思うよ。」


「モナリザは、過去にも盗難されたり、陶器をぶつけられたり、アート作品としては珍しいくらい、標的にされている。分厚い防御ガラスに守られているから、作品には影響ないけど、ルーブル美術館そのものが狙われる可能性もあるから怖いですよね。一般展示は止めた方がいいかも。」


「ここまで人心を惑わせるモナリザだ。」

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