第57話 ダビンチと北斎とダイラ
「教育実習に向けて、ダビンチと北斎の鑑賞学習をやろうと思うんだ。」
「その二人には何か共通点があるの?」
「ダビンチのスケッチ、水流がよどむ場所と、北斎の富嶽三十六景、神奈川沖浪裏の水の表現が似ていると言われている。」
「確かに、人間の目では捉えきれない自然の動きを、カメラが無い時代に描いていることは不思議だ。」
「あの二人にはどうやら見えていたらしい。」
「自然界の不思議が肉眼で見えちゃう凄い人たちなんだね。」
「彫刻科のダイラさんも、鉄板に無数の穴を開けているでしょ。あれは、ただ闇雲に開けているんじゃなくて、毎晩、宇宙の星を観察して、位置関係とかを記憶して、緻密に開けているって噂よ。」
「凄い観察眼をもつ人っているんだね。」
「ダビンチと北斎とダイラの共通点という鑑賞学習に変えようかな。」
「君は、中学校の実習に行くんだよね。」
「そうなんだ、少し不安だよ。」
「私の親戚が中学校の美術教師なんだけど、キツイらしいよ。」
「マジで、行きたくねーな。」
「美術だけ教えればいいと思って、採用試験を受け、運よく採用になったらしい。でも、実際には、美術以外の仕事の方が多いようだよ。昼夜問わずの生徒指導に休日の部活指導、数々の研修、ほんのわずかに空いた時間で、授業準備。大きな学校では、学期末の通知表で、一人で300人~400人の成績と所見を書くことになるらしい。」
「そんなこと聞いてないよ。ブラック企業と変わらないじゃないか。」
「あと、少しでも失態があると、管理職に締められる。保護者と管理職に挟まれて、休職したり、若くして退職する人もいるらしい。」
「大学まで、割とのんびり過ごしてきたけど、教える側になると、学校現場は厳しいんだね。」
「一番キツイのは、学校の中で、美術教師の立場が微妙ってとこらしい。」
「技能教科の中でも、自由度が半端ないでしょ。他教科からすると、一見、遊んでいるだけのように見えてしまうようだよ。」
「まぁ、僕が教わった美術の先生も、授業中、生徒とイラスト描いていたもんなぁ。遊んでいる奴の言うことなんか聞くもんか!と真面目な先生たちは思っちゃうよね。給料泥棒ーなんて言われてたりして!」
「美術教師を遊ばせないために、学校のあらゆる仕事を任されちゃう傾向にあるらしい。気が付くと、雪だるまのように、仕事で膨れ上がっている。」
「やっぱり、実習断ろうかな~。」
「その変わり、厳しい立場に置かれている美術の先生は、人間を観る眼が養われるようだよ。人の綺麗なところと、そうでないところの機微や人間の不思議がよく見えちゃう。」
「ダビンチや北斎、ダイラさんみたいになれるのかな。」
「それは、無理かもしれないけど、観察眼を生かして、雪だるまを溶かすことができるようになるかもしれないね。」
「怖いもの見たさで、実習に行ってみるか。現場の美術の先生から実際の話を聞いてみるよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます