第49話 最終学歴彫刻科の妙
「せんぱ~い、最近の彫刻科の学生たちは、やる気がないように見えるんですけど、あいつら大丈夫ですかね。」
ダイラがムサビで講師をしていた西暦2000年付近の学生たちの話である。
「そうだね、オレたちが学生だったころの熱量を考えると、大分テンションが落ちている気がする。あの頃は、彫刻バカが結構いたからなぁ。」
「学生の中には、彫刻科に入ってきたのに、立体をつくる意味が分からないと言って、彫刻刀セットを捨てて、漫画ばかり描いているヤツもいるみたいですよ。」
「彫刻刀はあまり使わないからね。小学校じゃあるまいし。そう言えば、彫刻科からポツポツと漫画家が誕生しているみたいだよ。クワヤマダくんの先輩、松本くんも、漫画家目指しているんじゃなかったっけ?」
「松本ジロウくんは異常に絵がうまいです。漫画家じゃないけど、キャラデザインの成田亨や、ムサビ全体で見ると、数々の漫画家がいますよね。水木しげるもその一人だし。へたうまの教祖、みうらさんやリリーフラ・・。最近ではパピヨン本田さんという人も彫刻科出身だとか・・。」
「漫画と美術は親和性があるから、彫刻科で漫画を描いても不思議はないかもね。大体、小中高と漫画や絵ばっかり描いて、勉強はろくにしない。高校卒業後、すぐに働くのは嫌だから、みっちり自分の時間をつくって、漫画や絵を思い存分描きた人がムサビに来る率が高いと思うよ。漫画もそうだけど、草野さんみたいなミュージシャンや俳優率も高めだよね。個性派俳優六平さんは彫刻科だったよ。」
「それは、何となく理解できます。では、彫刻科で無力化している学生たちはどうしたんでしょうか。」
「美大藝大卒なら、社会に出てからの免罪符になると考えていたんじゃない。美大に入る前は、一応皆、藝大を目指していたんでしょ。国立で安く遊べるという安易な奴もいたと思うけど、現実には難しいよね。多浪しても、諦める人がほとんどだし。何とか、美大に引っかかり、いざ入学してみると、美大にも自分より才能のある人間がうじゃうじゃいるし、じゃあ、美術の道を諦めたとしたところで、この就職氷河期世代の、最終学歴が彫刻科卒では、就職も無い事実にぶちあたり、無気力化するんだよ。」
「腹を決めて、彫刻家を目指すほど、体力も気力も無いと言うことですね。」
「苦労して入ったはずなのに、出口には、ユートピアがないっていうこと。いずれ日本は少子化で人口が激減すると思うけど、その原因はこの団塊ジュニア、就職氷河期世代の気分の落ち込みが一因となるとオレは睨んでいる。夢が持てない、夢が叶わない、金がない、モノが買えない・・。この先、失われた20年~30年を生きる、この世代には、明るい未来はつくれないと思うんだ。」
「あいつらの、苦しさが少し理解できました。」
「でもね、暗いからこそ生み出せるパワーもあると踏んでいるんだ。失われた数十年を挽回しようとする連中がその内、現れるはず。人口比でいうと、この世代の人間は一番多い、幼少期からきつくもまれ、バブルを知らず、無意味に社会から叩かれているから、妙な強さもある。直ぐには芽を出さないが、彫刻科卒とは思えない、変態が出てくると思うんだ。道路脇の雑草から、たまに奇妙な植物が生えているじゃん、あれだよ。」
「彫刻刀セットを捨てて、別の道を探している奴が多い時点で、そういう人種の集まりなのかもしれないですね。」
「だから、彫刻刀セットは使わないから・・。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます