第38話 魑魅との遭遇

は誰のために作品をつくっているのか?


「自分の中にいる、今を満足できないもう一人の自分のために。」


ちみの作品はどのくらいの期間かけてつくったの?


「制作期間は1か月ですが、これまでの人生全ての時間から生み出されたものです。」


石彫場で、時間を忘れて石を磨くさんは、講評の場で、自分の考えを話した。


ある意味、真理であり、作家としての存在意義を普遍的な言葉で適確に表している。


生活用品や工業をつくる場合、目的がにある。


人が使いやすく、便利で魅力的なもの、使う目的が無くなれば、廃棄される。


人のにつくることが最大の目的であるものたち。


しかし、アーティストが作るものには、明確な目的が存在しない。


人にとって、あってもいいし、ものなのだ。


時間と労力、時には、アートにのめり込む人々を見ると、周囲は理由が欲しくなる。


目的が不明瞭な世界に身を投じるアーティストは、自分ではないもう一人の自分の存在に気付き、言語化できないに動かされている。


ダイラは、自分が今まで表現してきたものについて、他者から評価されたり、理由を聞かれたりしても、本当のところ、自分はなぜこの作品をつくったのか実はよく分からなくなっていた。


幼少期、を見たとき、言葉を失った。


圧倒的な何かに自分が支配され、身動きがとれなくなり、身体の芯の部分から、アイデンティテーの揺らぎが生じた。


「僕が僕であるためになきゃならない。」


シンガーソングライター尾崎豊は、僕を超える僕を知ってしまい、夭折した。


普段は、気付かないようにしている、魑魅ちみを知った瞬間、皆アーティストになる。


映画「未知みちとの遭遇」で、人々が山奥で出会った理解を超えた存在に、言葉は必要なかった。


ダイラの作品展示会場には、キャプションや作者の経歴を置かないことがある。


ダイラは、アイデンティテーを捨てた瞬間に、自分の作品は宇宙の一部となり、見る人々と、未知との遭遇が始まると悟った。


人は、日常に埋没する生き物だ。


飯を食ったか、勉強をしたか、洗濯したか、掃除したか、面白いことをしたか、自分を満足させるために生きる。


アートが果たせる役割があるとすれば、人々が気付かないようにしている、自分の中にいる魑魅との遭遇をさせることである。


別世界を知った瞬間、日常から解放され、目的なき自分の存在を知り、宇宙空間を彷徨う微々たるチリの一つであると気付く。


思考のが生まれることで、もう一つの羽が広がる。


そういう意味では、人間が自由に飛び回るためには、アートは必要であるのか。


アートは、目的をもった製品を超える存在として、人々の無意識の中で自由を享受するために目的化されたものであるとも言えそうだ。















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