第26話 コインロッカーせいこうず。
ムサビで過ごした数時間は、ダイラにとって掛け替えのないものとなった。
新小平駅に着くと、ムサビの無味乾燥な四角い枠の門が妙に愛おしくなっていた。
電車が来るまでしばらく時間があったので、ベンチに座り、コーラを飲んだ。
ダイラの隣に、同じような眼鏡をかけた男性が座った。
パッと横を見ると、お互い目が合い、思わず声が出た。
「うお!似てる!!」
相手の男性の声も、ダイラと似ていた。
「君は、僕かい?」
「僕は、イチカワダイラと申します。」
「オレは、伊藤せいこう。」
「いやービックリしました。こんなに似てる人がいるなんて驚きです。」
「僕らは多分、双子だ。コインロッカーベイビーだったんだ。いや~驚いた!」
当時、コインロッカーに子どもを遺棄する事件が多発していた。
巷では、双子の赤ちゃんが別々のロッカーで発見され、それぞれの人生を歩むというエッセイも書かれていた。
「ところで、君は優秀かい?」
「いや~それ程でもないですけど、美術は得意です。」
「もしかして、ムサビの学生さん?」
「中学生です、ムサビを見にきました。」
「オレは、自分でも言うのも何だけど、結構優秀な方だよ。オレもムサビに友達がいるから、遊びにきていたんだ。」
「せいこうさんは、ムサビをどう思いますか?」
「突き抜けたヤツが多くて、面白いと思うよ。はっきり言って、学校の勉強なんてつまんないじゃん。ムサビは勉強を放棄した連中の集まりだからさ、何でもアリなんだよね。人生を謳歌してるっていうかさー、あいつらが羨ましいよ。」
「僕も将来はムサビに行ってみたいと思うんですけど、どうですかね。」
「いいんじゃないかな。でも、卒業しても、これといった就職はできないと思うよ。そもそも、何かしらのアーティストとして一旗揚げたいような奴らばかりだから、就職なんか考えていないようだけどね。オレの分身君、頼もしいなぁ。」
「僕も好きなことを徹底的にやりたいって、ムサビに行ってみて感じました。」
「君はそういうタイプだな。大学にも相性があるから、藝大とかは向かなそうだね。デッサンなんか、嫌いでしょ。」
「はい、プラモデルや電子機器なんかも、トリセツを見ないで扱えるタイプです。両手マスカケ&両手利きです。」
「ハハハ、天才だね、君はやっぱり、オレと双子だ。オレは大天才だけどね。よし、今日からオレと君はせいこうずだ!」
★
せいこうずとなった二人は、電車の中でも話が盛り上がった。
せいこうさんは、教育分野に結構詳しかった。
勉強のことや進路について親身に話を聞いてくれた。
人間とは狭い世界でしか生きられない存在であり、集団の小さな価値観や序列に感情を左右される。そのため、学校の成績が振るわないだけで、人生の敗者として、勝手に認識してしまう習性があるようだ。若い頃に経験した自己肯定感の欠如は、人生の大半に悪影響が出るそうだ。
人は偏差値を少しでも上げて、学業レベルの高い高校を選び行きたがる。しかし、行けたとしても成績が振るわない場合、その後、人生の幸せには繋がらない。
分相応の高校である程度の成績をとっていることで、自己肯定感が育まれ、幸せを感じられる人生が送れるそうだ。特に、中年以降にそれが如実に表れるとのこと。
せいこうさんも、東大を目指していたが、その研究論文を知ってから、大学を選び直し、今は結構満足していると言っていた。
中学校の進路指導の先生に相談するよりも、せいこうさんの言うことが正しいように聞こえた。
せいこうさんは、電車を降りると、公衆電話で、バイト先の上司に仕事をすっぽかしていたことを必死に謝っていた。電車賃も足りず、ダイラはいくらか貸した。
大天才は、どこか大きく抜けているようだ。
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