第25話 限りなく半透明に近いビニール袋
女装をした学生らしき人物は、炉端に座り込んだ。
「坊や話そうや。このビニール袋をよく見てごらん。」
ビニール袋の表面にはゴシック体を斜めにしたような字体で、限りなく半透明に近い袋と書かれていた。
ダイラは、一応声を出して読んだが、意味が分からなった。
「ドラッグとセックスのことたくさん書いた小説の題名だよ。この大学の現役生が書いたんだ。凄い賞まで獲ったんけど、知らない?これは、それをパロディにした袋さ。ムラカミリュウを聞いたことないか?袋は
「・・・・」
ダイラは思い出した。クラスのちょっと苦手なグループの男子が、カッコイイ小説が出たと騒いでいたことを。確かそんなようなタイトルだったが、ダイラの世界観とは程遠く、読む気は全くなかった。
つい数時間前まで、自宅でプラモデルを作っていたはずなのに・・見ちゃいけない世界を見に来たようで、何だか親不孝をしている気分になった。
「おーい、ジュンちゃん!」
女装学生に至極普通の格好をした男性が近寄ってきた。目玉がギョロギョロしていて、笑顔に圧力があった。
「おう、どうしたの?シンちゃん。」
「とぼけてるな。ジュンちゃんの課題を代わりにやったら、昼飯奢ってくれるって言ってたじゃん。」
「じゃん!っていい響きだね。東京にいるって感じ。う~ん、そんなこと言ったっけ?」
「それよりさ、シンちゃん、家でオレの第2期怪獣ブームの話聞かない?坊や、またここにおいでよ、バイビー」
女装学生とシンちゃんは、立ち上がり、その場を去っていった。
「バイビー?なんだそれ。」
★
女装学生に会った後は、どんな人を見てもそれ程驚かなくなっていた自分に気付いた。
敷地を少し歩くと、食堂があった。
腹も減ったので、ラーメンでも食べようと思い、店内に入った。
ラーメンを食べていると、奇妙な服装をした団体が隣に座った。
「これさー、昨日渋谷で買ったんだ。」
「もしかして、ブティック竹の子?」
「あそこの店、イケてるよねー。」
ダイラは、演劇部の衣装にしか見えなかった。
学部によって服装も違うのか、ファインアート系は多分ツナギや作業着の人たちだろう、レインボーやトロピカルなデザインの服装の人たちはデザイン科なのかなと想像した。
ダイラは自分だったら、どんな服装で通うんだろう、タイプ的にはファインアート系だけど、服装はデザイン科風でいきたいなと妄想しにやけた。
ラーメンを食べ終わると、一人でぶらぶらするにも限界を感じ、帰ることにした。
あちらこちら歩き過ぎて、四角い枠の門を見失った。
迷路みたいに入り組んでる箇所を歩いていると、昼間なのに薄暗いアトリエに迷い込んだ。
中を覗くと、シカの剥製と錆びたトランペットをマジメに凝視する学生たちがデッサンを描いていた。
見たことも無い石膏像も数体置かれていた。
ダイラがイメージしていた美大像があった。
美大には奇妙奇天烈な学生もいれば、暗闇でしこしこと制作するものもいる。光と影が同居する世界観、デペイズマン技法で描いたルネマグリットの表現と似たものを感じた。
何でもありの世界だ。
数時間いただけだったが、美大の空気感を何となく体感することができた。
ダイラは、清掃員の方に、四角い枠の門の方向を確認した。
初めてみたときは味気の無い門だったが、今は多様な表現者の卵たちを清濁併せ呑む、得体のしえない口に見えた。
直観的にこの美大に通ってみたいと思った。
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