第22話 シン・ウラとりマン
「ヤナギさん、石彫場のアリって大きくないですか?」
音漏れが酷いウォークマンのヘッドホンを外しながら、ナラさんはアリを手のひらに乗せた。
「オレは、ここのアリは目が異常にデカいと思うよ、ナラくん、石彫場で、みんな必死に石を彫っているけど、アリみたいだなって思わない?」
「そうっすね、どこに向かっているのか分からず、とにかく必死みたいなところは、似てるかもしれないっすね。」
「石に彫り込まれたノミの跡、アリの巣にもみえるよね~」
「おい!そこの2人、やる気が無いのならすぐに帰りなさい!」
石彫場で学生の指導をしていた、講師に怒鳴られた。
「うぃーす、お疲れさんです!」
二人は、悪態をつくわけでもなく、さらりとその場を去った。
★
美大には、彫刻科研究室と共通彫塑研究室があった。
彫刻科研究室は彫刻科の学生が学び、共通彫塑研究室では、他学科の学生たちの中で彫刻単位を選択したものたちが受講していた。
共通彫塑の敷地内には、巨大な石が数多く転がり、通称石彫場と呼ばれていた。
大概、ませた中学生は体育館裏でタバコを吸いながら大人の話をする。
美大も然りで、石彫場は体育館裏にあり、「アートの新情報を知りたかったら、裏へ行け」が合言葉になっていた。
その後、世界的スターとなる人材が石彫場の石の上でタバコを吹かしながらゴロゴロしていたことは、後々語り継がれている。
★
ダイラは、世界を見つめていた先輩たちの存在を早々と察知していた。
彫刻科のイドウ先輩やハガマダ先輩が、鉄芯を有機的に曲げ、パネルや布を使った軽やかで明るい、作品を作り始めた。
ダイラは彫刻科の雰囲気が変わってきていることに自分の立ち位置を模索していた。
ハガマダ先輩は理論的で、ダイラとよく議論を交わしたが、イドウ先輩は掴みどころがなく、何を聞いてもちょっと意味が分からなった。
石彫場は、他学科の針が触れた異質な連中のたまり場として、後のスターの卵たちが自然に集まった。ダイラもノミとハンマーを片手に、恐る恐る参加し、先輩たちから話を聞いていた。
その頃、ジャクソンポロックや草間やよいの研究をしていた藤枝教授が美大で教鞭をとっていた。
石彫場で起こった新しい風は、藤枝さんの追い風と共に、美大の過渡期に激しく吹き荒れた。
ダイラは、先輩たちから、「ここで話してる情報は、ニューヨークで数十年前に起きていたこと、新しく見えることも、ニューヨークではもう古かったりする。
★
ダイラはニューヨークに飛んだ。
アートの最先端、現代アートとやらを
手荷物の中には、007ボンドミニカーやサンダーバード2号、ウルトラセブン・キングジョーを詰め込んでいた。
片手には、ウルトラマンフィギア。
ニューヨークには多くの若手日本人アーティストがいた。日本のアニメオタク文化を現代アートに食い込ませ、世界的スターとなるタカシムラカミもボロアパートで制作していた頃だ。
ダイラは、数週間の滞在だったが、一番衝撃だったのは、プライド・パレード(元ゲイパレード)だった。
セクシャルマイノリティーの人々、数千人がパレードする情景は今でも忘れない。
昔、教科書でニューヨークは人種のるつぼと教わったが、人種どころか、性に関しても多様性を極めている。
日本の狭い価値観の中で生きる自分を見つめ直した。
世界はグングン動いている、日本は離される一方だ。
自分がやりたいことを我慢するなんて、ここじゃぁ、ありえない。自己を解放することこそ人生そのものなんじゃないのかと考えた。
世界のシン感覚を肌で感じ、このムーブメントはいずれ日本にも来るはずと、ウラをとったダイラは、ニューヨーク近代美術館へは行かず、その近所にあったFAOシュワルツ(玩具店)に入り浸り、超合金のおもちゃを漁った。
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